積田の姿が消えた。
少なくとも、マスコミからは伝わって来なくなり、大学にも姿を見せなくなった。
新幹線で体調を崩して、名古屋で救急車に運ばれたのが彼だという噂も出ていた。
が、あの全世界を震わせた、いや世界の科学者の多くは冷笑していたので、少なくとも日本の茶の間に話題を提供させたというのがより正しいだろうが、テロメア修復活性化の主役・緒方の元指導教官である積田の姿は、あの発表翌日にMHK特集のインタビューに出た後2週間。ディメンジョン8の投稿翌々日から姿が消えたのだった。
ディメンジョン8の記事には、緒方の学位論文のみならず、積田研究室だけで少なくとも21人の博士学位論文に不正があることが明かされていた。
さらに、これは学生の質というだけでなく、指導教官である積田にも多大な罪があるとも指摘されていた。
そんな話が広がりそうな最中の失踪である。
インターネットでは、かなり危ない話に至る噂や推測が飛びかった。
が、なんと、2ヶ月して思わぬニュースが飛び込んできた。
積田が、馬韓田大学を去っていたのである。
いや、それならば驚くに値しない。
なんと、馬韓田大学と天京女子医大が密接に関わる研究機関である、日本再生医療研究所所長になっていたのだった。
一連のことを知る若き研究者たちは、この栄転に首をひねった。
一方、事情を知る年輩の研究者たちは、なるほどねと苦笑している。
こうして積田は、一連の捏造報道の矢面から去り、マスコミにもその名前が載ることはなくなっていく。
積田が付属研究所所長となるまでの2ヶ月余。
馬韓田大事務局でも、慌ただしい動きがあった。
この動きは、マスコミは流さない。時間とともに闇の中に葬り去るべきことだからだ。
マスコミに圧力があったわけではない。
マスコミが自ら大学に『配慮』したからである。
なにせ、その裏側作業が明かされたなら、いくら国内有数の私立大学でも、持ちこたえられなくなる可能性さえ秘めていたからだ。
馬韓田大出身者は、マスコミにも非常に多い。
また、隣国との関係も深い。
あまりにも痛い内容は報道しないのが、この世界のルールだ。
事実を伝え、本気で痛めつけるのがマスコミの仕事ではない。
金をもらってなんぼの世界である。
マスコミに公正なる報道とか、真実を求めようとするのが間違いなのである。
マスコミはスポンサーからの金で生きていられる。
金の卵を産む親鳥を殺してしまっては、なにもならない。
だから、報道世界は魚心に水心となる。