ここのところドラキュラ生活をしており、朝日を拝んでから横になる日がよくあった。
今朝は人間らしい時刻に目覚めたので、無理に外に出る。 いや、多少しなければならないこともあるからだが、さほど急ぐ用ではない。しかし、そのまま家にいたらまたいつの間にか横になってしまい、またドラキュラだ。
ここのところ、そんな贅沢な日々を送りすぎた。いささか体をいじめてやらないと、糖尿にでもなってしまうだろう。
そんなわけで、無理に会社員風情になり、かつて通っていた路線に乗る。
東御苑に行ってみようかと考えたが、まだ紅葉には早そうだし、懐も寂しくなるから止めて途中駅下車した。
かつての乗り換え駅であり、地理感もあるところだ。
今そこで、朝のコーヒーをいただいている。
店員さんが変わっていた。見慣れた顔がひとりもいない。従業員も回転の早い職場なのだろうか。
すごく愛想のよかった、学生風情のお嬢さんがいないのが残念。
それはさておき、電車待ちの間に面白い人を見た。
その男は、私よりはやや若い中年と思われたが、私の斜め背中でぶつぶつと何かひとり言を言っている。
つい、耳がダンボになる。
「今日も、清水のイチョウが綺麗だぜい」
健さんばりの声音だが、言っていることは、私でさえ使わないオヤジギャグ。
思わず笑みがこぼれる。
と、また呟いた。
「さて、行くぜ。イナリのカズキ町(チョウ)」
はっはっは。
そんなギャグもありますか。
と、電車がホームに入ってくる。
彼はシルバーシートにどさりと腰を掛けた。
と、私にはもはや何を言っているのか聞こえなかったが、またなにやら呟いているようだ。
満員電車のシルバーシート。
彼の周りだけ、異様な空白ができた。
「お嬢さん、ここ空いてますよ」
この声は聞こえた。
が、声をかけられた元お嬢さんたちがそこに座ることはなかった。
乗り換え駅。
彼もまた私と同じ駅で降りたが、すぐに見えなくなってしまった。
40年前に消えてしまったと思っていた、瞬間映像固着能力。
久々に復活した。
彼の顔は、何年間かははっきり記憶しているはずだ。
野郎の顔などすぐ忘れたいが、これが難しい。
はあ。
別の能力が復活して欲しいと思った朝。