トレビアの泉茶碗で、いろんなところに話の花が咲いた。
そこで以前にも書いたが、少し方向が違うが食べ物に関して、私の記憶ではもっとも怖さを感じた話をしよう。
これは以前記事にしているが、かなり明確に記憶に残っているので詳しく再現してみたい。
タイの首都であるバンコク中心部から山田長政で知られるアユタヤ方面、つまり国道を北に向かうと、約20kmの所にドンムアン国際空港がある。
現在メインとなったスワンナプーム空港ができる前は、タイあるいは東南アジアを代表する国際空港だった。とはいえ、軍用機の乗り入れもあれば、なんと滑走路内に踏切ある車横断道路などがあったが。
このドンムアンからさらに北へ10km程度。
名前は忘れてしまったが、タイ有数の美味いとされるレストランがあった。
おそらく2011年の洪水で天井まで水につかり、現在もあるのかどうかは知らない。
現地スタッフのすすめで、先輩たち数人とそこを訪れたことがある。
日本でいう高床式の建物で、典型的なタイ建築の棟が何棟か連なっておりかなり大きな店だった。
まだ宵の口だったが、お客もいっぱいである。
まずはビールで喉を喜ばせる。
と、タイ人とわかるかなりの年かさの男の店員がやってきた。
何かブツブツと言っている。食事の材料を選んでほしいとのことだった。
バンコクあたりでは、比較的よくあることだ。
バンコクの日本人住宅街といわれるスクンヴィット通りにも、海鮮専門のレストランがありここでは客が泳いでいる魚やらエビを選んで、好みの料理をしてくれる。日本でもあるが、日本ではあまり一般的ではないだろう。タイでは、そういうことは比較的一般的だった。
さて、品選びだが、皆が顔を見合わせている。
いや、一番年下の私に皆の目が集まった。
そりゃそうかもしれないな、と思った。
勇気を出して、いやいやその時には興味津々で店員に着いていった。
いるいる。
2m四方くらいの檻がいくつかあって、そのひとつの前に私を突き出した。
選べと言っても、正直どれでもよい。
しばらく私は無言で見ているだけだった。
と、なんとその爺さんが檻を開けたではないか!!!!!!
ぎゃっという声さえたてられなかった。
私の腕より太い茶色をした、まさに丸太のような2、3mあるやつらが鎌首を持ちあげることなくにゅるにゅると這い出てきた。その数5、6匹。檻の中にはまだうじゃうじゃいる。
よく絵や写真で見る、鎌首を持ち上げたしゃもじのような姿とは違う。
親指の爪くらいあるうろこが鈍く光る。
もっとも怖かったのは、その目だ。
どう形容したらいいだろう。
ガマガエルの目を細長にしたような感じで、ひどく口が横長に見えた。
なんら感情もなく近づくその姿に、その目に、私は鳥肌が立っていたろう。
店員のじいちゃんが固まった私を見て、少し楽しんでいるようにも思えた。
とにかく動いたらダメだ。
少し頭だけ動かし、ティニー(これ)と声を出す。
正直、どれでもよかった。
店員は、にやにやしながら器用に棒を使って、這い出てきた丸太を檻の中に戻していく。
たぶん足もとまでは50cm位はあったかも知れないが、気分的には足首あたりにやってきた感じだった。
それでも意地で、私はかたい笑みをうかべながら、コップンクラーップ(ありがとう)といった。
後になって、なんと危ないことをしたのだとか、あああそこで5cm間違ったらあの世行きだったということは何度かある。
が、危険と恐怖をその瞬間に感じたものでは、もっとも怖い思いをしたものだった。
ここのチャーハンは、私の人生では最も美味しいものだった。
香港の高級といわれるところのチャーハンよりも、さらに1ランク2ランク上の旨みがあると感じた。
が、もう一度あの品選びをしたいとは思わない。
キングコブラ。
見た目に反して、確かに旨かった。