【小学校時代】僕の犯罪 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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中学生までは、麓村のシシトウだかチンドンと呼ばれていた私。

小学5年生の春の初めのことだった。
理科の実験で使う氷を集めてくる役目をもらった。
当時も冷蔵庫はあったが、今のような大量に氷をつくる製氷システムはなかった。小さな四角いアルミの箱に、水を入れて氷ができるのを待つタイプである。
理科の実験は、牛乳からアイスを作ったりするものだったから、クラス全員分には到底足りない。また、田舎ではまだ冷蔵庫は一般的ではなかったから、先生も各自に氷を持ってこいとも言えず、持ち回りで理科当番になった私たち数人が少し早めに学校に集まり、近場の川やら池から氷をバケツに集めてくる役目を負ったのだった。



2月の明け方には-10℃にもなり、山影の池ではスケートもできるような地方で、初春でもバケツの一杯や二杯くらいはすぐに集められるはずだった。

ところが、その朝に限って妙になま暖かく、川や池にはガラス板よりも薄い氷しか張っていない。

僕たちは、あちらの山影の池、こちらの田んぼと、まだ緑のない野原をかけずり回った。

とっくに始業時間は過ぎていたが、氷探しに夢中な僕たちには時間は止まっていた。






学校では大変な騒ぎになっていたらしい。

当時は神隠し(人さらい)が世間をにぎあわしていたから、学校の先生があちこちに連絡。有線放送でも流して、僕たちの行方を追っていたようだ。


氷探しグループの仲間の1人の家近くに行った時だった。
そこのばあちゃんから、すぐに学校へ行くよう叱られた。


小学校に着くと、教室が異様な空気に包まれていた。
校長先生もいた。
担任の、いつもは鬼と呼んでいた女先生が、僕たちを見て、まわりも気にせず声をたてて泣き出した。






その時はまだ、自分の犯したことの意味を理解できなかった。


理科当番で役目から氷を探していただけなのに、なんでみんな騒いでいるのだろう。
なんで、他の先生たちは怒っているのだろう。





今考えると、罪なことをしたと思う。


その時の女先生の顔を、時々思い出す。

若い時に離婚し、独り身の方だった。

よく怒って恐い先生だった。



が、この件に関しては、全く叱られなかった。
むしろ、他の先生の叱責から僕たちを庇ってくれていた。


優しい先生であった。