【近代歴史】不安ビジネス(その3)魚より肉だ | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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我が国の食生活の転換となったのは、昭和39年から始まった、牛肉輸入枠拡大から始まる。

平成7年度以降は、ウルグアイラウンドに基づいて、関税率の順次引き下げへとつながっていった。

こうした牛肉輸入と国内消費に、いかなるビジネスを創設し、いかなる戦術を用いたかを、しま爺研究所のカンピュータを駆使して考えてみたい。


今上天皇が皇太子であられた時の、現皇后陛下であらせられる正田美智子様とのご成婚、さらに敗戦後の日本に希望を与えてくれた東京オリンピック。

特に後者を介して、日本はテレビ社会へと突入していった。

テレビは一瞬にして1億人に影響を与える、巨大な広報武器に変化していく。

テレビの中では、東京オリンピック時代には夢世界のように見えたアメリカ文化が花開いていく。

やがて、日本人の体力などはアメリカにはるかに劣るというイメージが醸成されていった。
その違いは肉だ!となる。

しばらくすると、日本では公然とは語られなかった男女の夜の生活を取り上げる番組ができ、大人も子どもも、密かにその番組が始まる午後11時15分を待つようになる。
中学時代からの私も、テレビ様々の鎮座する床の間で、親の目を盗みつつ、その時間を待っていたものだ。


この番組の司会をつとめたのが、ハッパフミフミ氏という、鳩ポッポに騙されてあわや国会議事堂入りすることになりかねなかった人物である。
後にハッパフミフミ氏は、鳩ポッポをボロクソにこき下ろすことになる。


横道にそれた。

鳩ポッポが甘い話を仕掛けるほど、ハッパフミフミ氏は日本人に影響を与えるほどの人物になっていたことを説明したかっただけだ。

そのハッパフミフミ氏は、日本に初めてできた、外資系牛肉加工食品のコマーシャルに、多大な力を発揮している。

それまでの多くの日本人は、食事、特に朝食は家で食べるのが当たり前だった。
都会では、朝の駅蕎麦という習慣があるにはあったが、けしてそれは主流ではなかった。

が、この外資系牛肉加工食品チェーンを皮切りに、日本人の食生活、いや生活様式が大きく変化していったのである。


そこには、まだ日本では高級とのイメージが高い牛肉も使われていた。



さらに、テレビという武器により、いっそう牛肉消費を増やす企画が実行された。

日本人は元来魚介類からのたんぱく質摂取をした、実に健康的な食生活を送っていた。が、そのままでは牛肉の消費は頭打ちになる。
そこで開発されたのが、魚悪玉理論である。

焼き魚の焦げめが、癌発生率を増大させるという理論である。

実は、日本人はそんなことは江戸時代から感覚で知っており、焼き魚には大根おろしを添えて食べていた。大根おろしの中の成分が、消化だけでなく焼き魚の焦げめの悪作用を抑制しているからだ。


が、大衆は、神様たるテレビに従っていく。

漁獲量激減による魚介類の高騰との相乗効果で、日本の食卓に肉が並ぶのが当たり前という、みずから直腸癌を増やす方向へと流されていったのであった。






アメリカなどでは、日本人の健康が魚介類摂取の多さからくることに気付きはじめ、スシ・ハウスが拡大していったことを知らせるマスコミは、まだなかった。

日本で、従来の日本食の素晴らしさが見直され、またマスコミでも報じられるようになったのは、つい最近のことである。




この節おわり。





ワルナスビ
アメリカなどでは、悪魔のトマトとか、ソドムのリンゴと呼ばれる厄介者。
日本でも外来生物法で要注意外来生物指定を受けているが、インターネットなどをみると販売しているようなところさえある。
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