むかし、むかし。
それは、おじいちゃんのおじいちゃんが生まれたばかり頃の話だ。
輪国は、瀕死の牒銑国を併合することになった。
当時の牒銑国は世界のなかで最も貧しい国のひとつで、とんでもない政治をしていた。
とにかく、身分差別は今のインドのカーストどころではない。
最下層の薄低と呼ばれる人たちは、街中を歩くことさえできなかった。もし街中を胸を張って歩いたりしたら、よってたかって殴られた。いや、殺されても文句さえ言えなかった。
名前だって、苗字をつけることさえできない。いやいや、苗字どころか義孝なんて名前をつけたら、やはり殺されてしまう。
墓に碑も作れない。
そりゃあ、ひどいもんだった。
うんにゃ、薄低だけじゃないぞ。
かなりの人々は、領盤といわれる貴族の奴隷だった。
領盤の主は、奴隷は物としてしか見ていないので、売り買いはできるし、気に入らなかったなら消すこともできた。
さて、そこに輪国が行くことになる。
牒銑国の国王が、もうダメだ、メリケンパークが怖い。オソロシヤが恐ろしや。助けてくなんしょとお願いしてきたからよ。
輪国では侃々諤々の議論があった。
とくに偉等寛踏などは、牒銑国の併合には反対だった。
が、なんの因果か、その併合反対派の偉等寛踏が長官として、牒銑国に赴任する。
ところが、牒銑国の領盤である暗銃困たちは、輪国の鬼がやって来たと思った。
そりゃそうだろう。
今までは、なんにもしなくても奴隷たちがやってくれた。また、広い土地に住んでいられた。
ところが、輪国のせいで奴隷がなくなったばかりか、元奴隷たちまで偉そうに胸を張って歩く。たまには、自分に対して敬語を使うことを忘れて話をする。以前なら、そんな言葉遣いをした段階で棍棒でぶちのめしていた。 が、今は表だってはできない。
そればかりではない。連中の中には、文字を学ぶものさえ出てきた。
もう、この世の終わりだと思った。
奴隷が文字を読み書きし、薄低が人間として苗字を持つ。
冗談ではない。世の中にこんな恐ろしいことがあるだろうか。
そう思った暗銃困は、元領盤で作る反輪連合組織に入った。
そしてついに、牒銑国の領盤制度という素晴らしい文化を破壊し、奴隷を解き放ち薄低を人間扱いするような、世界最悪の極悪非道を行った輪国牒銑長官の、偉等寛踏暗殺を敢行したのだった。
暗銃困は、元領盤の英雄になった。
が、薄低がものに戻ることはなく、人間のままだった。また、奴隷たちはどんどん文字を覚えていく。
奴隷を無くし、土地を奴隷に分け与え、薄低を人間にしてしまった輪国は、世界最低の国である。
この恨みは千年忘れてはならない。
元領盤たちは、今でも平等社会という、世界最悪の決まりを施行した輪国の長官を暗殺した暗銃困を、輪国に一矢を報いた英雄として祀っている。
何も知らない薄低のご先祖様を持つ者や、奴隷のご先祖様を持つ大半の人びとまで、自分たちの自由があるのは輪国であることを知らずに、今では暗銃困が英雄となってしまった。
歴史を知らないと、こういうことにもなるのである。
世の中には、こんなブラックジョークのような話も、本当にあるかも知れない。