昨日のことである。
その女は、小刻みに体を揺らしながら入ってきた。 
右隣に座る。いや、座らなかった。 
女はまず、テーブルの上をティッシュで軽く撫でた。続いて、小さなスプレー缶をこげ茶色のバッグから取り出した。 
エタノール臭が鼻をつく。 
女は、もう一度ティッシュで軽くテーブルを拭いた。 
女はさらに、椅子をも酔わせた。 
しばらくして、バッグから薄いシートをつまみ出し、それを酒に酔ったであろう椅子にの上に敷く。 
女は何かぶつぶつと言ってから、やおら椅子に腰をおろしたのであった。
さて、この後しばらくは、私は昼間から酔っぱらいにさせられそうになる。 
椅子に座った女は、キーボードのひとつひとつを、丁寧にアルコール消毒していったのである。 
そんな彼女は、時々、チッ、チッと舌打ちをしていた。 
丁寧なアルコール消毒は、あまり気にならなかった。 
が、女性の度重なる舌打ちは、私には雑音でしかなかった。 
クレオパトラより鼻が1センチだけ低く、西施より5ミリだけ眉がつり上がった、クサンチッペと同じくらい動きある、その美貌が台無しですよ。 
そう、心の中で思った。 
が、純情欠乏症候群であり、かつ強い女性アレルギーの私には、それらを言葉にすることができなかったのである。