世界ではとんでもない事件が多発しているが、大きく視線を変えて、若かりし頃の随筆でも書いてみるか。
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なぜかは忘れた。
ひどくむしゃくしゃしていた私は、その夜の酒で癒されることはなかった。
ラビット・ハウスと名を変えたその店で、ミチヨもケイも普段とは違う私からいささか離れているように感じられたのも、気に入らなかった。
翌朝、私はヘリコプターのような音をたてる車に乗りハンドルを握る。
日本では即スクラップになるような車だが、ここでは200万円近い。国の法律で、車の最低価格が決められており、それは100万円くらいだった。
淡路島くらいしかないこの国では、やむを得ない決まりだろう。
波止場に付き、駐車カードに穴を開ける。そんなルールを忘れて何度か罰金も払っていた。
島へは、海上100メートルくらいのところにかかるケーブルカーでも行ける。
が、フェリーで渡る方が私は好きだった。
島内のモノレールで、南西の海岸までは、およそ10分くらいだったろうか。
この国屈指の海水浴場に着く。
とは言っても、人はほとんどいない。ましてや昼間からビキニなど着て泳ぐような危険な人たちは皆無だ。皆、長袖シャツかTシャツに短パン姿で波と戯れていた。
敢えて皮膚を焼き、自分のこの国での価値を下げるような無謀な女性は、ひとりもいない。
3軒くらいしかなかった土産物屋で、キンキンに冷えたタイガーを買う。ヤシの木のふもとに横になりながら、タイガーの刺激に喉を喜ばせてやった。
と、
ドスン。
耳元で音がした。
いつしか、寝てしまっていたらしい。
起き上がってあたりを見ると、頭から50センチメートルくらいのところに、青々としたヤシの実が砂に少しのめりこんでいた。
もしあれが少しずれていたら、自分の頭に降ってきたのだなあと思った。
むしゃくしゃしていた気分は、いつしか消えていた。