
認証式の後、お庭を散歩した。
と、この場にふさわしくない、スラムから出てきたようなボロボロの衣服を纏った老人がベンチに座り、エナメルの剥げた鞄から三角形をした何かを取り出した。
とっさに私は、内ポケットのワルサーに右手を伸ばす。
手榴弾かも知れないからだ。
と、その老人は、その三角のものから、一瞬でプラスチックバッグを取り去った。
私はその魔法が、いまでも分からない。
ほんの1、2秒の間に、プラスチックバッグが無くなり、その中からモッツァのようなものが出てくる。
老人はそれに食らいついた。
なんと、真っ黒な包み紙まで、口の中に入れたのだ!
日本はみな豊かな食生活を送っている。
そう聞いていたが、どうも間違いであるようだ。
このような場所でさえ、黒かびが生えた紙まで食べなくてはいけない老人がいるわけだから。

老人がテロリストではなさそうなので、私は声をかけてみた。
「それは何なのですか?」
と、老人が答えた。
「いくら」
ああ、なんと寂しい老人であろうか。
いくらとは、日本語でお金を尋ねる言葉である。
このような場所にさえ、物乞いがいるということは、日本が経済大国だというのは、真っ赤な嘘に違いない。
そう、私は確信した。

しかし、庭の木々は予想以上の美しさで、私は涙まで流してしまったのだった。




