
冷え性ででもあるのだろうか。
女は膝あたりまで隠れてしまいそうな、あさぎ色のケープを纏っている。
やや肩幅が広い。短距離かなにか、いまでもスポーツをしているような体型に見えた。
「ここ空いていますかしら?」
さほど混んでいるとは言えぬ珈琲店の長椅子。
店の奥端に座っいる私に声をかけた。
しばしタバコの手を休め、私は軽く頷きながらも、ケープからはみ出した白い脚を垣間見た。
一人分くらいの空間を空けて、女が右隣に座った。
私は、もう一度安吾を開きながらも、視線は文字ではなく右30度方向に行っている。
女はそれを分かっているかのように、ゆっくりと脚を組んだ。ケープがアオザイになった。
そこには、白い色しかなかった。
単に細いだけではない、いくぶん筋肉質の脚にも見えた。
おそらく、まだ不惑前だろう。
「ブルマンね」
少し低めの声。NHKの黒木さんに似ている声だった。 そういえば、イメージにある昔の看板アナウンサーに、雰囲気もどことなく似ている。
が、いささか色艶が勝っている。
ははーん。久しぶりに現れてくれたかな?
そう思った。
世間で言う幽霊やらお化けは会ったことがないが、脚のあるお化けは若い頃から慣れ親しんでいる。
女には、その仲間特有の空気があった。
女は私に分かるように、ゆっくりと私の方を向き、しばらくの間見つめているようだった。
さて、どうしようか。
ちらり目を向けますかね。
私は読んでもいない安吾を閉じ、またタバコに火を付けながら、ゆるりと首を右に回した。
女の鼻腔が軽く開き、長い睫毛を従えたまぶたがほんのわずかに下に動き、焦げ茶色の瞳の中にゆるい波が立った。
唇が、かすかに開くような仕草があったかも知れない。
こりゃ、私より上だわ。
三十六計逃げるが勝ち。
私は視線を戻し、いかに魔力から逃げ出すかを考える。
と、女はケープのようなものを取り払った。
視界の中の白が、一気に増えた。
冷え性ではなかったようだ。 日除けに長いケープを纏っていたのだろう。
まるで女子高生が着るような、ベージュに茶の水玉模様の薄いワンピース。
膝上20㎝くらいまでは、白い肌が剥き出しになった。
せっかくのご好意だから、失礼はいかんと、もう一度首を回す。
今度は明らかに口が軽く開いた。
が、それはコーヒーカップの為だったかも知れない。
「失礼」
私は少し眉を上げ軽く会釈をして、レジへと向かった。
青白く鋭い、しかし黄色い粘ついた視線を背に受けながら。
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「私です。星は今○キを出ました。フォローをお願いします」
女は、オニキスの指輪に話しかけた。