
昼過ぎのことである。
例によって千代田にある森林を散歩しようと思ったら、大手門が閉ざされている。
ちょうどうまい具合に、三つ揃いを着た職員らしい方が出てきたので訊いてみた。
「あんれまぁ。今日びはやすみだんべか?」
「はい。金曜日は閉園でございます」
「どうすんべ。おらぁ、いながっから朝飯抜いで出で来たのによう」と言いたかったが、これはぐっと飲み込む。ここでは、あんまりボケじじいもできまい。
がっかりした顔だけにする。
しかし、いつから金曜日も閉園になったのだろうか。
仕方ないからガード下あたりをうろついてみた。
と、私の背中の目が懐かしい空気を捕らえた。
彼は少し足を引きずりながら私の目の前に来て、シワくちゃの紙を広げた。
“37じかんなにもたべていません。おなかすいてます”
その顔からだいたいの予想がついた私は、少しイタズラをしてみたくなった。
しかし、相手も災難だ。変なジジイに当たってしまったな。
私は少し不憫になったが、収入はそう簡単に得られないことを知ってもらわねばなるまい。
で、ラテグリッシュで訊いた。
「どっから来たの?」
「アメリカ」
ほら、やっぱりラテグリッシュの発音が通じちゃう。
「アメリカのどこさ?」
「南」
「南って、ニューメキシコあたり?」
「ブラジル」
えっ?
あんたそれはまずいよ、すぐバレちまいますがな。
で、またまた意地悪しちまった。
「ブラジルにいたとき何語話してた?」
「スペイン語」
ほーら、ダメじゃない。 それじゃ、まずいよ。
と思ったが、
「ブエナス タルデス」
とダメ押しした。
男の顔が歪んだ。
「日本にどうやって来たの?どこで暮らしてる?仕事は……」
男は次第に無口になっていった。
もう許してやるか。
私はポッケに入っていた硬貨を渡した。
が、なんか赤やら黄色が多く、銀色は1枚しかなかった。
ああ、しっかり楽しませてもらったにしては、いささか安かったかな。
ポッケに少ししかなく残念。 また、狙った相手が悪かったわな。
男は特徴ある「タンキュ」を言いながら視界から遠ざかっていく。
その足は、もはや引きずってはいなかった。
これは私の方が罪作りだったかも知れない。
