
そろそろお餅生活も飽きてきたので、途中駅で降りて韓国料理屋に行ってみた。
線路脇にあるその店は、いつも電車の窓からは眺めていたが、ついぞ入ったことがなかった。
扉を開けると、少しばかり生活に疲れてはいるものの、それを見せまいと美白シワ消しクリームの力を借りた不惑がらみの女性が目に入ってきた。
「アンニョハセヨ~」
昨夜はずっとカラオケ店に入っていた大原麗子のような声。
?
アンニョハセヨ?
足(あんよ)馳せよ?
あっそうか、「足を運んでいただいてありがとう」の意味だな、と理解した。
お品書きを見る。
ぎゃ!
ハングルだけだ。
ハングルが、コンピュータに似て世界一理論的に作られた文字であることは聞いていた。が、私はアナログのカンピュータ。コンピュータ文字は苦手である。
うーむ。何を注目しようか。
こういうときは、値段で決めよう。
苦い、また勉強になった記憶がよみがえる。
とある国の屋台。
ミミズ文字ばかりが並んでいた。
で、とにかく安いやつを4つばかり指を差す。
ウェイターが口をポカーンとした。
いや、クスリと笑ったようにも見えた。
で、出てきたものは、
ミネラルウォーター
炭酸水
酸っぱいジュース
コーヒー
さすがにこれでは、腹を満足はさせられなかった。
それからというもの、知らない文字のメニューの中から、安いやつ、やや高いものの組み合わせでオーダーするという知恵をつけた。
こうすれば、ワニ肉炒めやら小麦粉せんべいが腹におさまるからだ。
さて、その韓国料理屋でもこの手を使う。
おおやって来たぞ。
「……クッチボソヨ」
うーん?
いや、これは口細ではあるまい。確か口細はもっと小さい。これは鱈ではなかろうか。
「カムサハムニダ」
はい、はい。「噛むさ、ハム煮だ」ですな。
しっかり噛みますよ。
しかし、これはハムを煮たものには見えないなあ、と思った。
腹がいっぱいになったので帰ろうとしたら「トオシブジヨ~」とか言われた。
そうか、そうか。
寒いから「凍死しないで無事に」とでも言っているに違いない。
襟を立てながら店を出る。
と、後ろからまた
「カムサハムニダ~」と声がした。
そうか、そうか。
あれは“ハム煮を噛め”ということではなく、“かみさんが煮たハムだ”と自慢していたのだ!
間違いない!
おわり