判官びいきと日本人の美意識 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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激痛ではないが、不快感が残る。
そんなことが進行している。








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判官びいき。
これは日本人の美徳と言ってよいだろう。
が、日本でのみ、あるいは日本人にのみ通用する美意識かも知れない。

また、敵であろうと骸になったなら、これはもう神仏の類いであり、そこには敵やら味方という意識は存在しない。
これもまた、日本人特有の美徳、美意識だろう。


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が、こうした美意識はある意味特殊であり、珍しいものかも知れない。

私はこうした美意識のある国に生まれ育って、本当に幸せだと思っている。



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このような弱者や死者をおもんばかる意識が、判官びいきや弱った者を慈しむ心に繋がっていく。




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しかしながら、こうした弱者に寄り添う思いを利用する場合もある。


いかなることをしてきても、杖をつき道に倒れたなら、助けてみたくなったり、過去の自分の心の傷を忘れがちになる。

それはけして悪いとは思わない。


ただし、そうした判官びいきを利用する者がいることも確かだ。


素直で優しい人ほど、そんな落とし穴に落ちてしまう。



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言葉遊びだと言われる方もあろうが、信じるなと言っているわけではない。


盲信は危険過ぎると言っているのだ。





少し冷静に考えれば、当たり前と思われることが見えなくなる。



太陽は昼しか出ていないから、夜道を歩くには役に立たないが、お月様は闇夜を照らしてくれるから親切で太陽より素晴らしい。



そんなへんちくりん理論が、“真実”となったりする。




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