これは貨幣を造った所という金座、銀座とは全く異なる名前から来ている。
新座niiza とは niiraのなまったものだ。
ニイラとは新羅のことである。
大陸や半島は、いろんな民族との出入りに明け暮れている。例えばお隣の中国は、丁度100年前までは現在の政治中心勢力をなす漢民族とは異なる、北方系(民族、言語、風習的には日本にかなり近い満州系民族)が治めていた。
半島も大陸同様何度となく国が変わり、その都度、旧勢力が日本へ逃れてきたのである。
その最後の大移住が、奈良時代前半であったらしい。
この半島からの亡命者たち(半島の王族や兵士、技術者が多かったと思われる)の多くは、現在の埼玉県あたりに居を構えさせられた。
これにはおそらく3つくらいの理由があるだろう。
ひとつは、彼らを養う田畑が畿内にはあまりなかったこと。
ひとつは、北関東以北に勢力を保つアイヌを制すのに便利なこと。
ひとつは、内裏近くに新たな勢力を置きたくなかったことだ。
また、当時は葦野原と沼ばかりの関東を開拓させるためにも便利だったのだろう。
万葉集には東人(読人知らず)が時々出てくるが、これは彼らか、彼らの末裔の可能性がある。

高麗など、現在もその名を残す地名もあるが、奈良、平安、さらに昭和・平成を経て、それらの地名がぼやけ消されて行った。
このあたりは、今なお見えない源平合戦に似た何かがあることを臭わせる。
今上天皇は、日韓ワールドサッカー開催の折り、私なんぞにはタブーと思っていたことを語られたことがある。
宮内庁が考えるはずの内容ではないから、おそらく天皇ご自身がお考えになられたのだろう。
凱旋車をガーガー鳴らしている方々が、本物の右翼とか愛国主義者とかいうものかどうかは知らない。
しかし、私は彼らの主張の中に、あのお言葉の内容を聞いたことがない(足元に癇癪玉を当てられたことはあるが)。
やたら、万世一系とか紀元26なんとか年とかをがなりたてる。
あれはどう見ても、本当に日本を愛するもののやることであろうか。また、ある程度歴史を学んだ方々の所作であろうか。
私にはむしろ、恐怖感を与え愛国者は怖い、嫌だとのイメージを植え付けるために行っているのではないかとさえ思えるときがある。
この記事内容も、捉え方によっては非常に危険な思想に映るだろう。
しかし、本当に日本国を愛するならば、ある程度は分かるはずだ。
大津の事件はすっかり影を潜めてしまった。
あのニュースも単なる道具?
大津というあたりも、なかなか込み入ったところだと感じている。
現在のマスコミに、事実やら真相を期待してはいけない。
彼らもまた、ひとつの道具でしかないだろうから。
今の民主党とかいう、八百屋から魚屋、肉屋、雑貨屋が入ったなんでも商店もまた、ひとつの道具かも知れない。