最高の一葉 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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“おーい、おーい”

また、あいつが呼んでいる。
今度は何だろうか。どうせ隣の猫が池のメダカを狙ってるから追い返せ。まっ、そんなところだわよね。

あたしはしぶしぶ2階に昇る。


“おい、見たかい。あそこのポプラの葉っぱが金色に輝いてるよ。あいつは落とすなよ”


ほら、やっぱり。
あいつは2階のベッドから外を見るのだけが楽しみ。だから、どうでもよさそうなことでいちいちあたしを呼ぶ。あたしは昼はスーパーのレジ、夜はスナックのバイトで1秒だって横になっていたいのに。 本当のことを言えば、早くあっちへ行ってよと言いたいけど、そんなことしたら土地の権利書が手に入らなくなるから、あんまり嫌な顔も見せられない。

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あら、ホント。きれいだわね。
とか適当にあしらう。

実際、どの葉のことだか分からないし、興味もない。


いいか、あの葉は取るなよ。


まだ、言ってる。


だいたい、なんであたしが葉っぱなんか取るのさ。そんな暇はないよ。



お前、『最後の一葉』っていう話を知っているかい?


さあ?

あたしは、首を傾げてやった。



そうか。じゃあ、教えてやろう。


いいわよ。それより眠りたい。

なーんて言えないから、どんな話?などと言ってみた。


ある病にかかった人がな、隣の壁に這うツタの葉を見て、こう思った。
あれは自分の命を表している。だから今は数枚ある葉がすべて落ちたときは、自分の寿命も尽きるのだろうとね。つまり、最後の一葉が落ちるときが自分の最期だというわけさ。そうこうするうちに、数枚の葉がはらはらと落ち最後の1枚になった。ああ、とうとう今日明日までの命かと思っていたが、翌日になっても翌々日になっても最後の一葉は、しっかりと残っていた。やがて病気が治り、床から抜け出せるようになる。で、その葉を見に行く。と、それは壁に描いた絵だったと言う話さ。


病人の話を聞いた誰かが、壁に葉っぱの絵を描いたんだわな。

どうだ。いい話だろう?



うん。ジーンときちゃうわね。



で、あたしは閃いた。


さっき言ってた、金色に光る葉とかいうやつのことが。





その夜、あたしは洗濯竿を使って、ポプラだかテプラだかの木にある葉っぱという葉っぱを全部落としてやった。




“おーい、おーい”

ほら、あいつが呼んでいる。


おい、見たかい。ポプラの葉が全部落ちちまったよ。



えっ?
あら、残念ね。楽しみに見てたのに。


うーん。そうだなー。


あいつは、まじまじと外を見ている。
喉元あたりがひくついているのは、涙をこらえているんだわ。

じゃあ、あたしは仕事だから。

わざとドタドタと大きな音をたてながら階段を降りてやった。






フーッ。

やはり葉っぱを取ったな。
あいつならそうすると思っていた。しかし、笑いをこらえるのに苦労したわい。

さて、これで邪魔な葉っぱも消えて、隣の婆さんとお互い顔を見ながら電話できるわい。

しめしめ。


プルルルルーッ、プルルルルーッ。


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