
これは神田大明神に空巣に入った化け猫を捕まえたという、南町奉行・中仲甲斐名の信頼厚いとある与力から聞いた話である。
江戸は閏霜月を過ぎ、いよいよ寒さが骨身に凍みる時節となっていた。
与力がふと湯屋の屋根を見上げると、大きな風呂敷包みを背負った大男が、湯屋の煙突に入り込もうとしているのが見えた。
すわっ。盗賊。
与力は自慢の南蛮つぶてをそやつめがけて投げる。
さすがに、江戸屈指のつぶての使い手。賊の額に見事命中し、賊は屋根からごろりごろりと落ちてきた。
詰所に連れて来て、改めて賊を見ると、なんと赤毛に碧眼である。
これが噂に聞く南蛮人か。顔中ひげだらけで、どこに口があるのかさえわからない。
しかし、変なやつだ。
なんで大風呂敷を担いだまま湯屋の煙突に入ろうとしたのか。
風呂敷の中を検分した手下は、思わず吹き出した。
風呂敷の中には、竹とんぼ、独楽、羽子板が幾十組もある。 赤ん坊の尻吹きやら、薩摩芋菓子まである。
そうか、こやつは正月に一儲けするつもりでもあったのだろう。
と、与力は思った。
が、いくら考えても、なぜ湯屋の煙突に入り込もうとしていたのかは分からなかった。
赤毛碧眼の大男は、煙突の炭で真っ黒であったことと、湯屋をのぞく三太野郎ということで、牢内では三太黒州と呼ばれていたらしい。
今その男の行方を知る者はない。
風の便りでは、蝦夷地に渡り大鹿と暮らしているとのことである。