【小説】薄れ行く記憶と膝枕 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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“あれっ!島ちゃんじゃないですか?”

掃除の手を休めて声の主を見た。
近眼なのに老眼にもなりつつあるためと、アルマーニのシャツが眩しかったため、相手の顔がよく見えない。

私は、まじまじとその顔を見直した。

“ほら、SPでSにいたYですよ”



相手が右手を差し出す。

“いやあ、お久しぶりで。お元気そうですね”

とは言ったものの、私のニューロンが破壊されてしまったためか、記憶系統への電気刺激が伝わらない。
“先日、Nさんと会いましたよ”


懐かしい名前が出てきた。HKで悪さをした仲間の名前だ。

“ずいぶん偉くなられたとか”

私はゴミ箱の底をもう一度見、そこにガムがくっついているのに気付き拭き取った。


“独立して社長をやってましたが、まあね……。そうそう、Mさんも新しい工場を3つ作ったばかりなのですが……。ナワナコンなので……”

“そうですか。あちらも今回のなにで何ですからなあ”


“ええ、私もそんなわけで今はこちらにいます。まあ、明後日には帰りますが”

“そうですか。大変ですなあ”


“まあ、人災だろうが天災だろうが、こんな世の中ですからね”


あの時代の仲間は、1日20時間をフル稼働していた時代の仲間たちは、私が忘れてしまっている相手でも、ゴミ掃除ジジイをもかつての島ちゃんとして見てくれているようだ。

仮に形だけにせよ。

我ながら少し大人になったぜ。と、床を拭き拭き思った。




しかし、なんだなあ。

記憶とは本当に消えていくものなんだね。



人に甘えることはいまだに下手だが、疲れた腰を休ませてくれる膝枕でもあったらなあ。


と、じいさんは思ったのでした。





2階からドヴォルザークの9番が流れてきた。

次男が聴いているようだ。


音楽の好みまで似てきてしまったぜ。

じいさんは黄茶けた障子を見ながら、重いライターの火を付けた。