若い時には、1週間で地球一周するくらいの強行とんぼ返り出張もあったが、実は個人的な海外旅行というのは2回しかない。
会社がらみではない個人的な理由で海外へ行ったこともあった。が、それは旅行はなく、何らかの仕方ない理由によるものだった。
海外のことを知っているような私だが、実は東南アジアとフランス以外は、ほとんど行ったことがない。
驚かれたことがあるが、アメリカも行っていなければ、アフリカもまた未知の世界である。
さて、今話題になっているタイには、約1年ほどの滞在だ。
先ほど、個人的な海外旅行は2回のみと言ったが、そのひとつがタイであり、もうひとつは中国・黄山である。
さて、タイの洪水の話に移ろう。
この洪水のニュースを聞いて、日本人ならなんとはなしに?をつけるはずだ。
というのは、北部で洪水の話があってから、半月も経って南部の首都が水浸しということだ。
日本の感覚で考えると、山沿いの北部で洪水とは言っても都市部にまでやってくるのは、なかなか理解が難しい。さらに奇異に感じるであろうことは、洪水がのらりくらりと長い日数をかけてやってくることだ。
日本なら、遅くとも翌日には上流の影響が下流に現れる。
なぜだろか。
これは西洋の誰かが言っていたように、日本には下流とか中流と呼べるものがなく、ほとんど全ての河川が谷、渓谷だからである。
山に降った雨は、急勾配の川を下り、あっという間に海に注ぐ。
日本で一番流域面積が大きく、坂東太郎とあだ名される利根川でさえ、その例外ではないだろう。
大陸、とくにチャオプラヤ川(年配の方にはメナム川と言わないと分からないやも)のデルタは、とにかく平坦である。
山田長政で知られるアユタヤは、バンコクの北およそ80キロメートルくらいのところにあるが、標高差は1メートルにも満たないと言われている。
静岡市などは、30キロメートルで3000メートル近い標高差がある。
タイの平野は、果てしなく平らなのだ。
だから川の水は流れるのではなく、そこにあるのである。
日本にいればどこであろうと見える、山が見えない。
数百キロメートル離れたチェンマイあたりに来て、やっと山が見えてくる。
このチェンマイでさえ、標高は300メートルちょいなのだ。
だから水は、ゆっくりゆっくりと降りてくる。
北部の雨から1ヶ月近くかけて海に注ぐ。いや、へたすると海の水に押し返えされる。
あちらの政府も、現在は日本の民主党に極めて近い人たちがトップにいる。
多少の犠牲止むなしとのことで、貧民街の堤防を開け、そちらに水を流し中央の被害を少なくする手段に出た。
この党の首相を操っているのは、選挙の時はおひねりをちゃんと渡す気前のいい方らしいから、東北部を中心とした貧民層の間では人気があるようだ。
クーデターで今の首相が誕生したのも、おひねりの力が大きいだろう。
クーデターといえば、この国は2、3年に一度クーデターがある。
とは言っても、エジプトやリビアのようなものとはいささか様相が異なる。
どんなクーデターであろうと、12月に入る前には沈静化する仕組みがあった。
そう。あった。
今タイは、洪水以上の“なにか”に怯えている。
それは、私が駐在していた25年以上前からはっきりと分かっていたことだ。
タイの洪水は分かっていても、どんなにゆっくりであろうとも防ぐ手立てはない。
もうひとつの方もまた、50年近くかかって、天使の住む都クルンテープ、微笑みの国タイを襲うのやも知れない。
それが近いことを誰もが知っているが、誰もが口を閉ざす。
少なくとも、公の場で声高には話せない。
日本同様、明日の見えない国がそこにある。
しかし、もちろんこれは、ニュースというものにはならない。