“じいちゃん、何でそんな穴を開けちゃうの?”
赤粘土を捏ねてお椀のような器を作っている老族長に、6歳になったばかりの子どもが尋ねた。
“おお、よくぞ訊いてくれた、ピアルよ”
老人は、赤く焼けた肌にしっかりと刻み込まれた皺を、さらに深くしながら孫の瞳を見た。
“これはな、お前の名前にも関係があるのだが、神の世界と、新しい年の始まりを表している”
“えっ?僕の名前。じゃあ、星に関係するの”
“ああ、この3つの穴が神聖なるトウモロコシの神だ”
老人はそこで一息ついて、こんな話を始めた。
………………………
昔、昔のことじゃった。
まだ、天が今よりも、もっともっと低かった頃。
村に評判の7人娘がいた。
娘たちは何をするのも一緒で、いつも連れだって遊んでいた。
ところが、隣村の若い男が、その中の一番末っ子に恋をしちまった。
男は、娘を追いかけた。
娘たちは7人揃って逃げる。
それでも男は追い続ける。
娘たちは逃げる。
で、やっと娘たちに追い付いたと思ったら、男が惚れた末娘は姿を消しちまった。
ああ、あまり走ったから息が途絶えちまったのさ。
男は泣いて、泣いて、涙が天まで届いて、光る星となったのさ。
いいか、わが孫よ。
この一番夜が長く寒い今頃、夕暮れに東の空を見てごらん。
縦に真っ直ぐ、3つの星が昇ってくるのが見えるだろう。
そして、その少し上の空を見なさい。
ほら、あそこに小さな光の塊が見えるだろう。
どうだ。
いくつ見える?
うん。6つしか見えないな。
じゃがな、昔は7つの星があったのさ。
あの星たちは、娘の集まり、スバアと呼ぶ。
それから、あの東に見える三ツ星。
あれが、天まで飛び散った若者の涙さ。
だから昔は、3つの涙、パアアヨ ヌンと呼んだりもしたもんさ。
今は、ただの三ツ星、パアアヨ ピアルだがな。
そんなわけで、あの三ツ星が昇ってくる頃は、若者の涙で寒く、長い夜なる。
でな。
こっちにある穴は横になっている。
これはな、若者がスバアに追い付いて、やがて地の中で仲良く出会える頃を表しているのさ。
だから、夕暮れに三ツ星が横になる頃には、温かくなり、トウモロコシを植える時期なのさ。
昔は、大きなレンガの館を作ってパアアヨ ピアルの動きを調べ、また祈ったもんさ。
老人は、一息ついて、今度は大きな穴を開けた。
彼らのおおいなる神、ハイ(ヒィ=太陽)であろうか。
おわり。
★親愛なる友へ
本文のスバアは古エジプト語及び日本語をもじったものですが、三ツ星:パアアヨ(ム)ピアルは、あるいは似た発音かも知れません。
時間があったなら、訊いてみてください。
トウモロコシかどうかはさておき、あの構造は農耕暦に深く関わっていると感じました。
蛇足ですが、あのギザギザ階段状のキバはギザにも、牙にも、際にも、またケハッ(ハレとケの、ケ+神聖音)にも似ています。
まあ、これは全くの偶然でしょうが。
でも、面白い偶然です。
★追記
夏の明け方に、オリオン座の三ツ星が縦に並ぶのが見えると土用の入りだとか、オリオン座三ツ星を鋤に見立てて、柄鋤(からすき)星、あるいは冬の夕暮れの東の空を見て、酒ができる頃あいとのことで酒枡星など、オリオン座の三ツ星は日本では農耕と深く関わっていました。
一方、枕草子でも美しい星の代表として挙げられる昴(すばる)は、ギリシャ神話などでは姉妹の星です。
星座の追い駆けっこに関しては、ギリシャ神話のオリオンとさそりがよく知られています。
なお、アイヌ神話には、これの変型であろう、昴を追いかける3人の男の話があるようです。
このあたりをミックスして、 新しいカクテルを作ってみました。
なお、オリオン座の三ツ星は、ほぼ真東から縦に昇ってきますから、北極星が見えない低緯度で方位を知る目印で、古代の船乗りにとりたいへん重要なものでした。
なお、三ツ星は高度が上がってくると斜めになり、西に沈む頃には、ほぼ水平になります。
さらに、天の緯度の違いから、先をいく昴とほぼ同時に西に沈んでいきます。
この創作神話は、雪の砂漠でネイティブアメリカンの祭を実体験された、ココのママさんの記事を参考にさせていただきました。
ありがとうございます。
ちなみに、スバアはインチキ(古エジプト語と日本語のミックス)ですが、パアアヨなどは、プエブロに近いピマ語に似た音のつもりです。