おい、定吉。
お前も大きくなったから、少し大人の世界を教えてやる。
さあ、ついてこい。
どうだ。
こんな店は初めてじゃろ。
へえ。噂には知ってやしたが、これが寿司屋っていうけ。
おう。
お前さんは初めてで何にも分からんじゃろから、儂が見繕ってやろう。
おい、オヤジ。カッパを握ってくれ。
あれっ。
じいちゃん、これはキュウリだべ。
いや、これはカッパと言ってな、活発な子になるようにと、子どものお前に作った寿司だ。
ふーん。
じゃあ、じいちゃんの頼んだ、エンガワってなあに。
ああ、これか。
これはな、爺さん婆さんになってから、縁側で食べなさいという、老人向けの寿司だ。
子どもには毒だな。
ふーん。
あれっ。
今度は納豆だ。
うん、うん。
納豆は体にいいんだぞ。
とにかく、粘り強くなるからな。
へー。
で、じいちゃんの頼んだトロって何?
おいらも食いてえなあ。
いやいや、これを食うとトロくなるから、子どもには良くないな。
爺さん婆さんには、手の震えを止める薬だが、子どもにはよくねえ。
あっ、卵だ!
おう。
うまいじゃろ。
やっぱり、子どもには卵が一番じゃな。
じいちゃん、そのアワビってえのはうまいのかい。
ずいぶん、何度も噛んで難儀しているようだけど。
ああ、これはな、歯が悪くなった時に食べる、やはり薬みてえもんだ。
へー。
ほいじゃ、おいらも食いてえなあ。
いやいや、若いもんには良くない。
アワビの片思いっつうてな、若けえうちにこれを食うってえと、なかなかいい嫁さんに巡り会えねぐなる。
定吉は、なんか変だとは感じながらも、じいちゃんの話を聞いている。
いいか、エビはいかんぞ。
若いうちにアレを食うと、背中が丸まっちまう。
カニ?
ああ、ありゃいかん。
なかなかまっすぐに歩けなく……。
じいちゃんは、うまそうにエビとカニを頬張っている。
定吉には活発になれとばかり、またも2貫のカッパが運ばれてきた。