隣のおっちゃんは何をしている人か知らない。
でも、ヨッちゃんが、毎日のように裏の竹やぶで泣いているのは知っている。
ねえ、とうちゃん。
ヨッちゃんかわいそうだね。
昨日も夕飯抜きだったみたい。
僕はとうちゃんに言ってみた。
うん。そうだな。
お隣は田んぼが広いから大変なんだよ。
とうちゃんは、聞いたことと関係ない答えをした。
ねえ、とうちゃん。
握り飯作って、ヨッちゃんとこへ持って行ってやっていい?
そうだな。
田んぼが広いからな。
また、とうちゃんは同じことを言った。
じゃあ、持ってくね。
いや、ちょっと待った。
とうちゃんが渡してくる。
あっ。お帰り、とうちゃん。
どう、ヨッちゃん、喜んでた?
いや、おにぎりはあっちのとうちゃんに渡してきた。
………………
とうちゃん。
ヨッちゃんは昨日、おにぎり食べられなかったみたいだよ。
ふーん。
ふーん、じゃないよ。
今度は、僕がヨッちゃんに渡してくるね。
いや、ダメだ。
物事には、順番ていうものがある。
えっ?
順番って?
言ってることがわかんないや。
ぐだくだ言ってないで、お前は早く仕事に行け。
えっ?
明日は、小学生の運動会だから、今日は早く寝たいなあ。
うるせえ。
早く仕事に行け。
うちのとうちゃんは、口は悪いけど、本当は、すごく優しいんだ。
だって、お隣さんが勝手に冷蔵庫を開けてお肉とか持って行っても、“お隣は大変だからな”って。
うん、怒らないし、時々は、僕が食べたかったお刺身なんかも持って行くんだ。
でも、そのお刺身って、僕がバイトで買ったやつだけどね。
本当に僕のとうちゃんは、優しいんだぞ。
昨日なんか、うちの垣根を壊してしまった隣のおっちゃんに、“これで日当たりが良くなった。ありがとう”なんて言ってたもの。
本当は、とうちゃんが丹精こめて作った垣根だから、ずいぶん悔しいはずなのにね。
どう。
僕のとうちゃん。
偉いでしょう。
さっ。
早くわり算の宿題終わらせて、バイトに行かなくっちゃ。
そうしないと、とうちゃんがお隣に上げるビールを買えないもの。
さあ。すごく偉く優しいとうちゃんのために、頑張るぞ。
でも、3時間くらいは寝たいなあ。
これって、小学生には贅沢過ぎるのかなあ。
おわり。