あの頃ひとりのアパートは~ | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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2日ほどの徹夜のち、熱水抽出成分の分析も終え、僕は快い疲れを背に、白衣のままでアパートに帰った。


ハイライトを深く吸い込み、かすむ目で紫煙を追う。

心地よいめまいが、上半身から膝へと走る。



さて、久々に爺さんとこでブルマンでも飲もうか。



柏木町の通りから子平町に下っていく中ほどに、その店はひっそりと居を構えていた。




女優の篠ひろ子さんや、アナウンサーの吉川さんとも知り合いらしい店のマスターは、当時既に還暦を過ぎていた。



狭い店内には、趣味の油絵が、神社の絵馬のように重なりあって飾られているのだった。



私は白衣を脱ぎ捨て、Tシャツに着替えて、アパートの階段を降り、柏木通りに出た。


爺さんの店は、通りに出てから3分とかからない。

行き止まりのアパート横丁から通りの角を曲がれば、すぐに古びた看板を見ることができた。








こんにちは。



店に入ろうとした時だった。


聞き慣れた声と同時に、背中をつつかれた。





島君も、このお店に来るんだあ。


焦げ茶色の瞳が大きく開かれ、120%の青空に、少し甘味を帯びた涼しい風が吹いている。



僕はマグニチュード7.9の地震津波に襲われ、 睡眠不足の頭がぐるぐると回る。






おい、知り合いなのかい?



僕よりは少し背が高く、ほんのちょっとだけ格好が良く、わずかに甘い顔つきの男が、こともあろうに、ヴィーナスの腰を後ろから抱き抱えるようにして言った。






ええ、おともだちよ。




エーゲ海のアコヤ貝の唇から、ころころと声が出た。



ね!



と相づちを求め、


コケテッシュに軽く片目をつぶり、少しして唇を軽く尖らせた。


その突き出た上唇と下唇の間から、ネズミの鳴き声に似た、しかし、ごく短く高い音が出る。





遠くで、吉川団十郎の歌が聞こえてきた。



おーれの~ ……。



道が、かげろうのように揺れている。














ブルマンはやめた。


帰って寝よう。




ベスビオスではなく、キラウェアの溶岩が流れ出す。
灰色の……。







神田川が、





赤ちょうちんが、






ピアニシモで、いや、時にクレッシェンドなしのフォルテシモで、ダ・カーポ記号ばかりついた演奏をしている。















絞ったばかりの~


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ひ~とつ
ひとりじゃ……。


ひ~とつ
ひとりじゃ……。







拓郎が、とどめを刺した。



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