【小説】ノスタルジーと核 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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小学生になるかならないかの頃、私は弟と大冒険をしたことがある。

大冒険とは言っても、せいぜい3キロメートルくらい離れた村を散策して帰ってきただけだ。

家からその村に行く途中には、うっそうとした杉の森があり、真夏でも薄暗くひんやりとするところだ。

隣村に行くには、その森を通らなくても良いが、ひどく遠回りになる。

私は兄としての立場上、平気な顔をしていたが、弟同様こわかった。

真昼でさえ、夕暮れのように遠くは暗闇に消えて見えないからだ。


この杉の森を抜けると、パッと田んぼが広がり、ふと一息つける。


が、その少し先には、また私たちを恐がらせるに十分なものがあった。

田んぼの中に不自然な小山があり、その脇には周りの風景に似つかわしくない白壁の二階屋が建っている。

私たちはそれを“ヨウカン”と呼んでいた。
(当時は意味が分からず、なんか妖しい名前の家だと思っていた。ヨウカンが洋館だと分かったのは高校生になった頃だろう)

誰が言い出したのか知らないが、そこにはお化けが出るという噂があった。


確かに、お化けが出てもおかしくはないような雰囲気のある家だった。

周りが鉄柵で囲まれ、奥の方に黄色く変色した壁が見える。柵の周りにはススキが繁茂し、山鳥たちが群れている。

後で知ったが、実は、元外交官をしていた人の家らしかった。

皆はそこの主を“英語じいさん”と呼んでいた。 が、私は見たことがなかった。


家の前にある道を避け、田んぼの畦道をおそるおそる弟と渡る。

いくぶん足も速くなっていたかも知れない。


と、ギーッと音がして、その家の鉄の門が開いた。



と、そこに見たこともない車が現れた。


田舎ではトラックさえ珍しかったが、今そこに現れたのは、黒光りする映画でしか見たことがない乗用車だった。
オープンカーというやつだ。


“おーい、坊やたち。どこに行くの?”

これまた映画でしか見たことがないような洒落た服装の老人が車から声をかけた。


(中略)




この英語じいさんは、マフィアとかいう仲間なのだろうか。

やっぱり、あの噂は本当なのだろうか。








5年ほど前、私は数十年ぶりにその村を訪れた。


が、あの家も、それを囲っていた鉄柵もきれいに取り払われていた。

が、こんもりした小山だけは、昔通りに残っていて、新しくできた住宅の公園の一部になっていた。




生まれて初めて乗用車、しかもオープンカーに乗せてくれたあのじいさんは、はたして噂のようなマフィア仲間だったのだろうか。


いや、今更そんなことを知ったところで何になろう。


英語じいさんは、村人からは煙たがられてはいたが、村にはいろいろと寄付をしたり、半鐘を建てたりと、裏では結構村のために金を出していたらしい。


煙たがられる存在でありながらも、村には何かと便利な存在でもあったようだ。


そんな者のことを、今更ほじくり返しても仕方あるまい。

村人には役に立った。しかし、裏ではうんぬん。

と、言ったところでどうします。



あのじいさんは悪い奴。
そう吹聴していた昔少年が、いい年になって、ほら俺が言ってたことは正しかっただろう!とでも自慢しますか?


それとも、多大なエネルギーを、それを明かすことに費やした自分へのご褒美でしょうか。


万が一そうならば、それはノスタルジーとは、程遠いような気がします。