
私はどっちも楽しい!派
カラン・プレイスから高速に乗りセンバーワンへと車を走らせた。
東西30キロメートル、南北20キロメートルのこの国では、あえて高速に乗る必要もないが、道らしい道がそれしかないから仕方がない。
南国特有のスコールも止んみ、急に暗くなった夜空には、日本で見るのと反対の、つまり逆立ちしたようなオリオンが見えるに相違なかった。
しばらくすると、両側がジャングルとなり、右手にキリスト教のお墓が見えてくる。
これといった宗教にこだわらず、日頃“お化けに会いたいのぅ”と言っている私だが、流石にこの時刻のこの道は、あまり気持ちのよいものではない。
反対車線の大型トラックが妙な動きをしたとおもったら、蛇行しながら急にこちらへ向かってきた。
ABSの重いうなりと、機械的な急ブレーキの悲鳴が、夜のジャングルの中に響きわたる。
私はドアを開け外に出た。
トラックドライバーも出てきている。
文句の一つも、と思った。
と、暗がりにボーッと光る白い影。
トラックドライバーは、なにやら叫んだが、すぐ逃げるように車に乗り込みエンジンをかけた。
それは、まだ子どもにも見える女の子だった。
マレー系の小麦肌が多いこの国にあっては、夜目にも白い透き通るような肌をしている。
トラックドライバーが駆け出し逃げるのも分かるような気がした。
こんなところで何をしてるの?ここは自動車専用だよ。
私はその“幽霊”かも知れない少女に声をかけた。
パパのところに行った帰り。
少女は、悪びれることなく答える。
おそらく、道路をはさんで、墓地の反対側に家があるのだろう。道路をまたぐ歩道橋までは4、500メートルある。面倒だから道路を横切ったに違いない。
そう早合点した私は言った。
いいかい。ここは自動車専用道路。横切ったりしちゃいけないよ。
ううん、横切ったりしないもん。私はただ歩いていただけ。
えっ?
歩いていただけ?
ええ、そうよ。
お家への帰りなの。
えっ、こんな暗い夜道を一人で?
ええ、そんなに変?
いや、そのう……。
私は言葉を続けるべきかどうか迷った。
……で、どこまで帰るの?
センバーワン。
おっ、それなら僕も今から行くところだ。
乗っていくかい。
いや、乗せてくよ。
うわぁ。嬉しい。
女の子は、なんら臆することなく私の車に乗り込んだ。
クラクションを鳴らしながら、ベンツが脇を通り過ぎる。
バックミラーを確認するふりをしながら、それを通して私は少女を観察した。
華僑と欧州人の混血だろうか。やはり白い。先ほどまで小麦肌のワーカーばかり見ていたせいもあり、一層肌の色が眩しい。
よく行くオーチャードロードのバー、ラビット・ハウスのイズミやランより白い。
その、胸の大きく空いた白いワンピースの谷間の下には、ほどよく実りをむかえたアップル・マンゴーが透けて見えるようだ。
私はゆっくりと車を走り出させた。
すぐに、旧ヤオハンの通りになる。
少女は“その先を左”と言った。
カーブを曲がるとすぐに行止まりとなる。
バナナの木が数本植えられた屋敷があった。
この国で、アパート住まいでない家は珍しい。
少女はちょこんと車を降り、“ありがとう”と言いながら口を尖らせ、チュッと音を出した。
ただ、それだけである。
その子は、大人だったのか、まだ子どもだったのかは、今でも思い出せない。
が、その子が車から去った後にも、ほのかなスズランに似た香りが残っていたのだけは、今でもはっきり覚えているのである。
★これはフィクションです。