
アメブロさんのネタは、この半年間に相当こなしてきたつもりですが、これはほとほと困りました。
というのは、私は生まれこの方、『浮かれる』という経験をしたことがないからです。
お金の話で下世話とは分かっていますが、例えば明日1兆円が転がりこんだとします。
ああ、これで貧しさからは逃れられる。子どもにもまともな飯や遊びを与えられる。
そんな嬉しさは湧きますが、ほぼ100パーセント有頂天になったり、浮かれてはしゃいだりはしません。
たぶん、今より少しはこぎれいな格好をし、週一度の散髪をして、また、草むしりしながら、ブログにあることないこと書き、暇にあわせてブログ友や、かつての友人に会いに行く程度でしょう。
これはある意味において異常であり、人間として問題があります。
なぜこんな性格になってしまったのかは、心理学的に、また、自分を第三者として観察した場合に、大変興味のあるところです。
が、やめておきます。
それをしたところで、どうなるものでもありませんから。
酒を飲んでもダメです、
ですから、私はあまり有意義に酒を飲んでいません。
いや、最近少し変わりました。
以前の十分の一以下で酔ってしまい、すぐ眠くなってしまいます。
コップ1杯にも満たない焼酎で寝てしまうなんざ、小学生より弱くなりました。
ああ、そうだ。小学生はまだ酒はダメでしたね。
すいません。
私の父方の祖父は、尋常小学校2年の時に、タバコは体によくないと気づき、一願発奮して禁煙をしたご人だったため、つい感覚がずれてしまいました。
このお方、私が生まれた時には亡くなっていましたが、相当な方だったようです。
機会があれば、いつか記事にしましょうか。
まあ、とにかく今はまるっきしですが、かつては酒を飲めば飲むほど冷静になり、良いことがあってもバカ騒ぎできないイヤな性格を持っていますなあ。
でも、美しいものにはすぐ感動し、涙もろい(若い時には踏張って涙を流すことはしませんでしたが)ところは変わりませんなあ。
この浮かれることのない性格は、突発的な、例えば大地震とか、1秒の差で生死を決めるような事態には、たいへん有利ではあります。
そうした面があったからこそ、ここにいるわけです。
まあ、浮かれることを知らないということは、完全なパニックにも陥らないということでしょうか。
功罪、相半ばするようです。