「こっ、これは最仁さまではありませぬか・・・」
頭の顔から血の気が引き、苦虫を噛み潰したような表情となる。
「ううっ、このたわけ者が」
頭が赤鬼の顔に戻り、
「この方が、法外なことなどするわけがなかろう。たわけ者」
怒号と共に、若衆頭へ鉄拳が飛ぶ。
大男は、肩を怒らせて、見えぬ相手に呼びかける。
「都瑠香っ、どこにおる。都瑠香~」
返事はなく、こだまばかりが谷に響いている。
「都瑠香っ~」
男は、もう一度声をはりあげた。
こだまが、むなしく沢の闇に吸い取られていく。
その沢音は、夕暮れの静寂を、一層際立たせるのだった。