クルンテープ(天使の住む都) 5 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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「えっ?」

遠い過去というまどろみの世界を旅していた私は、もう一度聞き返した。



「あのね、おじさんはクルンテープで今、ハニーと一緒に住んでいるのかってきいているの」


少女が上目遣いに言いなおした。

「いや、ここじゃ、一人さ」

そう答えた私に、妖しい視線が粘りつく。



憂いと媚びと挑発的な何かを併せ持ったような視線が、私の下顎あたりから徐々に額の方へと移動していく。


そのためだろうか。

鼻毛がむず痒くなりそうなのだ。

いや、店の中にたちこめる、きつすぎるジャスミンのせいに相違あるまい。



しばらくの静寂。

すでに一口大になった肉切れを、無理に小刻みにするナイフとフォークの金属音ばかりが、客もなく薄暗い昼のドイツ料理店の中で、ベートーヴェン交響曲第九、第三楽章後半の不穏なティンパニを打っている。



と、急に目の前の狭い空間から、閃光が放たれた。



「ねえ、おじさん。わたしのパパになってくれる?」







「はっ?」



飲み込もうとした肉片が喉の入り口で留まり、ナイフとフォークが、その動きを止めた。