アレキサンドライト (後) | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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「カエサルは私を女にした。あの男は単純だったが、勇気と優しさがあった。私はカエサルの力を利用してエジプトを守った。単純なカエサルでもそのくらいはわかっていたろう。それでもなお、エジプトの栄光とファラオの尊厳を犯すことはしなかった・・・・・・しかし、ああ、アントニウスよ。お前のなんと幼いことか。カエサルと、カエサルの養子でありお前の妻の弟でもあるオクタビアヌスに劣等感を持っていた。それを知られまいと、キプロスやクレタ、フェニキアの地を私に与え、力を誇示した。それをお前は私への『愛』だと言った。が、本心は『カエサルにもできなかったことを俺はした』という自己満足でしかなかった。お前の愛は、見せかけの、お前自身への愛でしかなかった。しかし、それは責めるまい。いや、王はそうあってしかるべきなのだ。私もエジプトを守るために、お前に見せかけの愛を語ったのだから。
しかし、ああ、なんと愚かなアントニウスよ。お前は本当にこの私に溺れてしまった。突き放しても、突き放してもお前は私についてきた。エジプトに来て妻の暴力から解放されたお前は、安心感とともに、いじめられなくては生きる喜びを得られぬ自分に気づいた。女王に仕えるしもべに、お前は天職を得たのだ。
その愚かさと異常さが、私たちを不幸にしたのだ。
私が欲しいものは、ブドウやオリーブの実がなる地ではない。わが栄光のプトレマイウスの血。永遠(とわ)なるエジプトの独立・・・・・・」

日はとうに暮れ、東の空には、今まさに冥界の王オシリスの三ツ星が昇らんとしている。その少し上の方には、赤い戦い星がまばたきもせず光っていた。
「アントニウス。お前は私を助け、私を滅ぼしに来たのか」
クレオパトラの心の中でアントニウスへの愛憎が絡みあっている。





女王の開かれた胸の間には、ウズラの卵ほどもあるアレキサンドライトが揺れている。昼には海の青を吸い、神秘的な深緑の光を放つていた。が、今は傷を負った戦士の血にも似た、赤黒い妖しい光をゆらめかせている。

     おわり

☆アレキサンドライトとは
 自然光下では濃緑色、灯下では暗赤色に光る宝石。希少性はダイアモンド以上。
なお、歴史上はエジプトのアレキサンドリアとは無関係。


これからちょいと忙しくなりそう。次回はからは、毎日新しいスレは無理かなあ。