しかし、ああ、なんと愚かなアントニウスよ。お前は本当にこの私に溺れてしまった。突き放しても、突き放してもお前は私についてきた。エジプトに来て妻の暴力から解放されたお前は、安心感とともに、いじめられなくては生きる喜びを得られぬ自分に気づいた。女王に仕えるしもべに、お前は天職を得たのだ。
その愚かさと異常さが、私たちを不幸にしたのだ。
私が欲しいものは、ブドウやオリーブの実がなる地ではない。わが栄光のプトレマイウスの血。永遠(とわ)なるエジプトの独立・・・・・・」
日はとうに暮れ、東の空には、今まさに冥界の王オシリスの三ツ星が昇らんとしている。その少し上の方には、赤い戦い星がまばたきもせず光っていた。
「アントニウス。お前は私を助け、私を滅ぼしに来たのか」
クレオパトラの心の中でアントニウスへの愛憎が絡みあっている。

女王の開かれた胸の間には、ウズラの卵ほどもあるアレキサンドライトが揺れている。昼には海の青を吸い、神秘的な深緑の光を放つていた。が、今は傷を負った戦士の血にも似た、赤黒い妖しい光をゆらめかせている。
おわり
☆アレキサンドライトとは
自然光下では濃緑色、灯下では暗赤色に光る宝石。希少性はダイアモンド以上。
なお、歴史上はエジプトのアレキサンドリアとは無関係。
これからちょいと忙しくなりそう。次回はからは、毎日新しいスレは無理かなあ。