突然ですが質問です。今日が人生最後の日ならば、あなたは何をしたいですか?
私は長年抱え続けた、大切な思いを伝えたい。ずっとそのように感じてきました。
相手は2人いましたが、1人は古い友人です。
10代の夏の昼休み、彼女は数学の教科書に向かい、1人で真剣に悩んでいました。彼女が開いたページには、公式が大きく載っていました。その下の部分と次のページには、公式に数字を当てはめるだけの、単純な問題が続いていました。
数字を当てはめるだけなのに、どうしてそんなに悩んでいるのか、私は気になり訊いてみました。「ここに数字を入れるだけだよ」と彼女に伝えてみましたが、身動きもせずに固まっています。
そこでどうしてこの公式が、全ての場合に当てはまるかを、彼女に向かって説明しました。公式の意味と信憑性を彼女はすぐに理解して、驚くほどの早いスピードで、問題をスラスラ解きました。
彼女の変化が凄かったので、私はとても驚きました。そしてこのことをきっかけに、彼女への評価は激変しました。
説明も根拠も示されていない、そこに書かれた公式を、彼女は鵜呑みにしませんでした。学者の書いた教科書だから、国が認定しているからと、闇雲に信じはしませんでした。自分の頭で考えることを、彼女は貫き通したのです。
彼女の知性は本物で、素晴らしい理解力の持ち主でした。
もっと早くにこうゆう機会をどこかで体験していたのなら、東大へだって進めたはずだと、私は本気で信じています。
そのことを伝えたかったのに、その後も彼女と過ごしていたのに、何故かどうしても言い出せないまま、時だけが過ぎていきました。
そして時間が経てば経つほど、「いつか言わなきゃ」「必ず言わなきゃ」と、思いが募っていったのです。
しかし今では知っています。これが私のエゴだったこと。彼女にとって、私の評価は無意味で不要なものだってこと。
自分を評価できるのは、結局は自分1人だけ。自分への評価が低ければ、低い評価に同意するだけ。評価されることを求めたり、他人の評価にビクビクするだけ。
その反対に、自分への評価が高ければ、高い評価を受け入れるだけ。他人の評価に振り回されたり、他人の評価を怖れたりせず、自分が自分をただ認めるだけ。
私の評価が無意味なことを100%認められるまで、きっと時期ではなかったのでしょう。それをすんなり認めた今では、「伝えなくっちゃ」というエゴは、感じられなくなりました。
今度彼女に出会ったら、どこかで軽くお茶でもしながら、ここに記した全てのことを笑って話そうと思います。