お母さんって、自分ことより子供のことを優先しがちですよね。
もちろん、死ぬか生きるかって場合、
私だって自分よりも息子たちを優先すると思います。
多分それは本能。
だけど、
「お母さんは子供を優先して当たり前」
っていうのはちょっと違うかなぁと思っています。
よく「まず自分から」っていうじゃないですか?
「自分が満たされていないと、
本当の意味で人を満たすことはできない」とも。
これって、相手が子供であっても一緒だと思うんです。
先日、こんな会話を耳にしました。
Aさんは旦那様にこんな風に言われたそうです。
「家族の心配ばかりでなく、
自分の健康にも気を使わないといけないよ」
って。
Aさんは自分のことも大切にしないとなって想ったそうです。
それを聞いたBさんとCさんも、そういえば自分も子供達に
「かあさん、かあさんもちゃんと食べないといけないよ」
って言われた、って。
いつも子供のことを想いやって自分のことを後回しにする
お母さんを、ある程度大きくなった子供達が
気遣ったという美談なんですが…
エビフライが5本あって、
子供に3本上げて、自分が2本とっておいて、
それでも子供がもっと食べたいって言ったら、
自分の2本のエビフライも全部あげちゃう。
これって、本当に美談にされやすいんです。
っていうか、世の中、そういうお母さんが多いみたいです。
確かに、素晴らしいし、優しいなあと思います。
子供を虐待するより、もちろん全然素晴らしい。
だけど、ちょっとだけひっかかるんです。
自分を虐待していないって?
(この会話に出てくる方々はご自分も大切にしているけれど、
話のきっかけとして使わせていただきました)
でも、私は、もしそこで自分が食べたかったら
「いや、これはママのだから」って言います。
他のお野菜とかをまだ食べていなかったら、
「じゃあ、そのお野菜も食べてからまだお腹がすいていたらね」
って言います。
大抵の場合、うちの子供たちは他の物を食べているうちに
お腹いっぱいになってしまって、要らなくなります。
(それでも欲しい時は、あげますけどね)
もし本当は自分も食べたい時に、
「お母さんは子供に譲るもの」
って意識で我慢していたら…
「そうしないと良いお母さんじゃなくなるから」
って意識で子供たちを優先していたら…
例ではたかがエビフライだけど、
人生の様々なことを、
子供を優先して自分のことを我慢し続けていたら…
そのうち子供たちが自分の思った通りに育たなかったとき、
どこか心が壊れちゃうんじゃないかなって思うんです。
Dさんは裕福なご家庭の奥様。
旦那様は好きなものを買い、
子供達は学費の高い私立の学校に行き、高い塾に通い…
だけど、自分がランチにお金を使うのは
罪悪感を感じるからあまりいけない。
子供の習い事にお金を沢山使うから、
自分の習い事なんてできない。
もしやるとしても、「行きたい」ところよりも「値段」で決める。
そんな方がいました。
別に彼女が悪いといっているわけではなく、
「豊かさ」ってどれだけお金があるかじゃないんだなと
心から思いました。
一方で、Eさんはシングルマザーだけど、
好きなことしか仕事にしていないし、
自分が受けたい講座を受けに1週間以上東京まで行っちゃうし、
彼氏もいて、毎日楽しそう。
留守の間に娘さんの面倒を見てくれる近所の方にも恵まれたり、
様々なところで福を引き寄せています。
DさんもEさんも両方、とってもいい人なんですよ。
でも、見えない世界の話をすると…
Dさんは、無意識で人のエネルギーを
タダで取ろうとしてしまいます。
なぜって自分のエネルギータンクが満たせていたないから。
Eさんは、無意識で溢れ出ているエネルギーを人に与えています。
社会では、自分よりも他人を優先することは美徳とされています。
童話などでもそんなお話が沢山ありますよね。
でも、これって「自分が満たされている」ことが条件なんですね。
童話からは細かいことが抜け落ちています。
なぜって、自分が満たされていなければ、
例えば「子供」を満たしていても、
「他の誰か」から奪っているからなんです。
「子供」を虐待していなくても、
「自分」を虐待していることになるからです。
それよりも、自分のコップを水っでいっぱいに溢れさせていれば、
自然と零れ落ちる水で子供達だけではなく、
多くの人の喉を潤すことができるんです。
目先の「優しさ」しかみなければ、
自分のコップにわずかに残った水を
欲しいという人に分け与える人の方が
優しい人に見えるのかもしれない。
だけど、その人は1回しか分け与えられないから、
2回目に来た時には共倒れ。
自分のコップを満たしている人は、
何人にでも、何度でも、潤すことができるんです。
これって、どちらが本当に優しい人なんでしょうね?

