「運命」と「宿命」について
感じたことがありましたので、
少しシェアしてみたいと思います。
前にチラリと書きましたが、
年始に私は「4月後半」という
父の死期を感じました。
その頃はまだ父は普通に
家で生活していましたが、
私の中では確信に近いものがありました。
もちろん誰に話すことも
ありませんでしたが、
ふとしたキッカケで
母にだけはこのことを漏らしていました。
その後数ヶ月して、
父の容体は急に悪化して、
3月に入ると私は
4月25日頃という日付を感じ始めました。
結局父は
4月24日の夜になくなりました。
その日私は、普通に仕事をしていました。
もうすぐ子供を迎えに行く時間だけど、
雨だから嫌だなぁと思っていました。
すると母から電話があり、
「先生が今晩か、遅くても数日以内だと思うから、子供達に連絡してと言った」と聞きました。
でも母は、
「まだ大丈夫だから、
子供達にご飯を食べさせて、
お風呂に入れてから来て」
と言ったので、私はその通りにしました。
その日が転勤前の最後の出勤日だった
夫の帰りを待ち、
出発しました。
我が家から実家までは1時間くらいほど。
その時点では、
本当に父がそこまで悪いのか、
まだ半信半疑でした。
病室に到着したのが夜の9時過ぎ。
父の呼吸が浅くなっているのに驚きましたが、
安定しているようでした。
そこから妹と姪達が到着するのを待ち、
しばし時間を皆で過ごしてから、
夫が子供達全員を
実家に連れて帰ったのが10時過ぎ。
「長丁場になるだろうから、
母と妹と私で、参勤(3人)交代だね」
と冗談をいいながら、布団に横たわり、
「家族四人で寝るなんて、
いつぶりかね?
家族旅行みたいだね、お父さん」
なんて話していて…。
ふと父の方を見ると、
父の呼吸は止まりかけていて、
そのまま息を引き取りました。
10時半頃でした。
あまりの早さに私達は驚き、悲しみました。



きっと父は宿命で
4月のその頃に亡くなることが
決まっていたのでしょう。
私が感じたのはその
「宿命」
の部分だったのでしょう。
でもその宿命の中で、
父は自分が逝くタイミングを
選んだとしか思えないのです。
まず、全員に会いたいから、
全員到着するまで待っていたのでしょう。
そして、パニックを起こす姪が
家に帰るのを待ったのでしょう。
母や私達姉妹が疲れているのを知っていて、
長丁場にしたくなくて、
25日を待たずに逝ったのでしょう。
それだけではありません。
新学期まもないため、
私はその日の午前中までビッシリと
行事や仕事などが詰まっていて、
かなり忙しい日々を送っていました。
その後も、夫の引越しや、
キャンセルしにくい仕事などが
控えていたので、
いつも父の事が気がかりでした。
それなのに、その日からお葬式の終わる日の数日間だけ、簡単にキャンセルできることしか入っていない日が
ポッカリと空いていたのです。
夫も、母を支えてくれた叔父も同様で、
夫に至っては最初から休みを取っていましたし、
叔父ももう少し遅かったら、
動かしにくい予定があり
そうなったら大変だったと話していました。
二人がいてくれたお陰で、
私達は何も気にすることなく、
父の死と向き合い、
また母を支えることに集中できました。



父はかなりワガママに生きてきたけど、
時間に関してはかなり正確な人間で、
予約したりするのが得意な人でした。
そして少しせっかちで前倒しが好き。
私達のスケジュールを気にしてくれたなんて、
すごく父らしい優しさだなと、
感謝の気持ちでいっぱいになりました。
父は、
宿命である死期は変えられなかったけど、
その範囲内で様々なことを
選んだのではないかと思いました。
宿命は変えられないけど、
運命は変えられる。
寿命などの宿命が変わった人も
知っていますが、
大きな部分の宿命は
変えられない事が多いです。
だけど、人間はやっぱり自分の
思い次第で変えられることが
沢山あるように思えてならないのです。
それこそが人間の自由意志。
そして宿命さえも本当は生まれてくる前に
自分が決めてきたことですから、
究極的には、自由意志になるのでしょう。
そして宇宙はちゃんとそれを
尊重してくれるのです。
だとしたら、
私達は皆、
もっと自由に生きて、
もっと自由に創造して、
もっと自由に楽しめばいい
のだと改めて思ったのです。


