小林麻央さんが旅立たれました。
素晴らしい生き様でしたね。
心からご冥福をお祈り致します。
急ではないのでしょうが、
やっぱり急なことだったので、
ニュースを目にした時、
お会いしたわけでもないのに、
少し動揺してしまいました。
誰かが亡くなったり、
事件が起きたりする時、
私はどうしても当事者よりも、
その周りのご家族の方に
意識が向いてしまう癖があります。
私などが余計な詮索することは
不謹慎だと分かっていながらも、
残された関係者の気持ちや人生に
想いが向いてしまうのです。
残されたことで辛い思いをした
過去世のトラウマなのでしょうか?
「あの世に帰れば全てが理解できる」
と信じている私は、
残されて、引き続き地球で生きていかなければ
ならない者の辛さに身が疼くのです。
誰も辛いと私に言ったわけではないですから、
私の勝手な想いなのは分かってはいるのです。
でも、今の私はその程度の未熟者です。



夫と出会ってまだ数年の頃、
夫がよく言っていたことがありました。
「俺は凛より1分でも長く生きるな」と。
若かった私はこれが不満でした。
それって私がいなくても平気ってこと?
凛がいなかった生きていけないから、
先に死にたいって方が愛されてる気がする。
関白宣言(byさだまさし)にもあるやん⁈って。
「いや、そうじゃない、
残された方が辛いやろうから…」
冗談交じりにそんなやりとりを
何度も繰り返したものでした。
でも、今になってわかるのです。
1分でも「後に残る」って
言ってくれた優しさを。
事件の加害者の家族が悲惨な人生を
歩まなければならなかった話や、
大切な身内に先立たれて苦しんだ話を聞くと、
子供を亡くして悲しみのあまりに人生の目的を
果たすことを放棄してしまった過去世や、
恋人が殺されたことを知り、
自分も自害した過去世からの傷が
無意識に反応してしまうのだと思います。
でも今だからわかるのは、
悲しみに打ちひしがれて
人生を放棄したことは、
亡くなった子供が私に伝えたかったことを
無駄にしてしまったということ。
そして、その学びを後の生で
学び直しているということ。
麻央さんからのメッセージをきちんと受け止め、「愛」を教えてもらったと気づいている
海老蔵さんはすごいなと思います。
そして愛を体現し、多くの方に
様々なメッセージを残してくれた麻央さんも。
同じ年ぐらいの子供をもつ母親としては、
理屈ではなく、
もう少し一緒にいたかっただろうなと
どうしても思ってしまうのですが、
これだけ強く生きる両親の後ろ姿を見た
子供達にはきっと一生分の何かが
残されているのだと思います。
死は終わりではない…
そうわかってはいても、
この人生は一度きり。
やっぱり別れは悲しかったり、
寂しかったりするものですね。



