最近実家に帰るたびに何度も母が私に言うことがあります。
「あなたが花火大会でパニック発作を起こしている女の人を助けたじゃない?あれを見て以来、あれがすごく私を助けているのよ」
(その時の話はこちら→☆)
母には持病があり、発作を起こすことがあります。
パニック症ではないのですが、それが始まると焦ってしまい、パニックになることで発作が深まるらしいのです。
それがあの花火大会以来、発作を起こしかけると深く深呼吸して、恐れを抜こうとすることで、自分で発作を治めることができたことが何度もあるそうなのです。
以前なら起きそうと感じるとパニックになってしまい、そのまま倒れて運ばれていた様な状況でも、それを回避できたし、不安だった飛行機での旅行もできたそうです。
情けは人のためならずと言うのとはちょっと違うかもしれませんが、自分が何気にした行為が、意図せずして身内のためになっているのは嬉しいことです![]()
同時に、やはり発作には恐れのエネルギーが深く関与していることを実感しましたし、
あの時に密かに恐れのエネルギーを抜いていたことが、無意識の領域で近くにいた母にも伝わったのかと思うと、エネルギーとは面白いものだなと思います。



発作だけでないと思います。
私はやや霊媒・憑依体質なところがあり、一時期すごく過敏になっていた時期がありました。
人混みなどは昔から苦手でしたが、意識し始めたことで余計に受けてしまっていました。
でもある時から、私がそういう低い意識でいることが低い想念やエネルギーを引き寄せるのだと気付かされてからは、人混みに行く時も人々の喜びや楽しみと言った高い波動に焦点を当てるようにしたら、段々と受けにくくなってきました。
やはり自分の出す波動次第でエネルギーの流れや質を変えることができるようです。
例え受けたとしてもそれは浄化させていただける良い機会だと思って、愛を持って根元に還す様にしています。
「病は気から」とよく言われますが、「気」とは「エネルギー」です。
「気が合う」とはエネルギーが合うと言うことですし、
「気持ち」とはエネルギーの持ち方、
「元気」とは元々(本来)のエネルギーがある状態だと私は解釈しています。
ですから、エネルギーを変えることで、病にも影響を与えることができると思います。
本人がエネルギーを変えることが一番ですが、周りの人間が出すエネルギーもまた大きな影響をあたえることができます。
身近な人間に何かあれば心配するのは当然ですが、不安のエネルギーは一ミリもその人のためにはならないと感じます。
私の父は数ヶ月前に末期ガンであることがわかりました。
病気が発覚するまで両親は別居していたので、父がどの様な生活をしていたか私は母から伝え聞いただけですが、好き放題やってきたようなので、致し方ない部分もあるかと思います。
本人は状況があまり理解できていないのかいたって楽観的です。
もちろん父には1日も長く元気でいて欲しいですし、自分だったらやるだろうという代替療法などもありますが、それらは本人がやる気がないと続かないことですし、父にその気がないのがわかりますから、私は特に勧めたりもしません。
もちろん本人の希望があれば全力でサポートしますが、今のところ本人の希望は、趣味のスポーツを1日でも長くやりたいことの様なので、それを尊重した治療をしています。
冷たいようですが、私は周りの人間の不安のエネルギーが増幅しないように、安定したエネルギーを出すことが今の役割だと思っているので、父の治療方針などには必要な時以外はあまり口出しせず、母や妹の気持ちを安定させたり、問題を解決する手伝いをすることを中心にしています。
エネルギーはお互いに作用しあうので、家族のエネルギーの相互作用も考えて周りの人間が安定したエネルギーを出すことも病気を抱えた方の支え方の一つとして認識されて行く時代もくるのかなと思います。








































