少し前に実家に帰った時のこと。
母が家を整理をしていて、昔取っておいてくれた小学生の頃の絵や習字などの作品を出してきました。
「いるものだけ取って」と言う事だったので、懐かしく眺めながら分けていました。
そんな中、一つの作文の原稿がヒラリ。
それを読んで、なんか私って小さい頃から似たような事しか考えていないんだなぁと、笑えました。
自分の原点を見た様な気がしました。
なぜか清書されたものではなく推敲中の原稿で、話の展開も支離滅裂ですが、小学生ということで、ご愛嬌。
いきものをみんなでまもろう
By 小学生の凛
私は時々ねこをたんぼに何回もほおりなげたり、犬をけったりしているのをみかけます。
そんなとき、「どうぶつだって命があるのに…」と思います。
今、山をくずして住たく地がつくられています。人間にとっては人口がふえてしょうがないことですが、どうぶつにとっては、どうでしょうか?
私たち人間に例えたら、山くずれなどで家や町をうばわれ、おおくのいのちをなくしていることになるのです。
それだけでなく、虫やしょくぶつまでめちゃくちゃにしてしまうのです。
今、私たちはさくら草をそだてています。
小さくてもいっしょうけんめい花をさかしているの、花がいっぱいさいているのなど、いろいろあります。そのさくら草がこの間おられていました。
だれのかは知りませんが、おられた人が気づいたとき、その人はどんな気持ちがするでしょうか?
また、おった人はどんな気持ちだったのでしょうか?
きっといいちもちにはならなかったと思います。
植物だって生きているのです。
動物や植物は人間の命をうばったり、すみかをうばったりしているでしょうか?
「それがはんたいのたちばだったら…」
そう思うとこんなひどいことはできなくなると思います。
そしてすてねこやすていぬもいなくなるでしょう。
いままで人間は、自然にどれだけたすけられてきたかわかりません。
その自然を壊すのではなく、守っていかなければならないと思います。
このことについてもう一度かんがえてみてはどうでしょうか?
毎日、田んぼのあぜ道や道路脇からスミレやなんかを移植しては育て、庭の金木犀をポプリにし、母と庭の草むしりするのが大好きだった。
コロボックルが本当にいると信じて、いつ来てもいい様に自分の机の中にコロボックルの部屋をつくってた。
ドリトル先生にあこがれて、自分も人間以外と会話できる様になりたいと本気で思ってた。
小学校の卒業論文(一応、原稿用紙100-200枚ぐらいの大作…(笑))は、「宇宙と星」についてだった。
成長して多少カラーは変わっているものの…
未だに植物が好きで、
ポプリはエッセンシャルオイルに変わり、
未だに草むしり結構好き(笑)。
未だに見えない世界を信じていて、
人間以外と会話したいと思っている。
そして、未だに宇宙の不思議にはまってる。
進歩ないけど(笑)、
変わったつもりでいたけど、
コアはあまり変わっていなかったんだなぁ。
そんなことを感じて、
びっくりしたけど、
なんとなくホッとした。
少しでも多くの方が外ではなく自分の内に心を向けるきっかけになれば…。
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