それは、宇宙には自由意志の法則、不干渉の法則などがあり、
神様といえど人間の意思を越えて勝手に手出しをすることは出来ないからです。
そのことを実感する小さな日々の出来事があります。
私は通勤でほぼ毎日電車に乗ります。
七割ぐらいは普通に座れますが、後の二、三割は混んでいて、
私が乗り込む時には席が空いていないこともあります。
私の住んでいる街の電車は、2列又は3列の向かい合わせ式になっていて、
その椅子の背ぐらいしか持つ所がないので(吊革がないのです)、
立つにしても車両の奥の方に行った方が楽なのですが、
お腹の大きな妊婦に目の前にドカンと立たれたら、
プレッシャーだろうなぁと思うと、
どんな人の前に立ったらいいのか、自分の立ち位置に迷い、
目立たない入口付近に立ったりします。
(変なところに気を使う小心者ですね…笑)
途中で沢山の人が降りる駅があるので、そこで座れるかなと期待するのですが、
時にはそれでもあかない時もあります。
そうすると、流石に身体が辛くなってきます。
そんな時は、神様や天使に、「どうか私に席をください」とお願いします。
そうすると、次の駅で近くの人がおりたり、
数分もしないうちに、自分は一ミリも動いてなくても、
遠くから気づいた方が席を譲ってくれたり、
わざわざ優先席に座っている人に知らせてくれたりして、
座れる、ということが頻繁にありました。
そういう時は、ありがたく座らせていただきます。
もちろん、最初から「今日はきついな~」っていう日は、
乗る前にお願いします。そうすれば、大抵空いています。
お願いすれば、聞いてくださる。
お願いしなければ、目だたないようにと思っている気持ちが、勝つ。
混んでいる場所で駐車場を探す時も、
天使さんにお願いするとかなりの確率ですぐに見つけてくれます。
ありがたいです。

話のレベルが違いますが、人気ブロガーの識子さんが、
先日、似たような内容の記事をかいていらっしゃいました。
「神様は先回りしない」
http://ameblo.jp/holypurewhite/entry-11797552905.html
神社などでの神様へのお願いの仕方も、
自分が叶えて欲しい内容を明確にしないと、
神様は人間の曖昧なお願いを勝手に解釈して叶えたりはしてくださらない
という内容でした。
かといって、明確でも高望みすぎるものは、却下になるようです。
却下したからといって、「じゃあ、そのちょっと下のことを叶えてやろう…」
などと勝手に判断したりはされないらしいです。
お願いも、身の丈にあった、自己中心的でないものを。
そして、お礼を忘れない。
神様の世界とのコミュニケーションも、
人間の世界のコミュニケーションで気をつけることと
同じなんだなぁと思いました。
最初は神様なのにちょっと人間くさいなぁ~ なんて思うこともありましたが、
考えてみれば神様は人間と全く別の存在ではなく、
大大大大大大大大先輩のような感じなので、
当たり前といえば当たり前かな、と思いました。
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