外交上手なスイス。第二次世界大戦を中立国として守りきったのはどんな知恵?
スイスはヨーロッパの中央に位置する国で、記録に残る紀元前からずっと、
いろいろな国や地域と戦いを繰り返してきた。
紀元前、ローマが都市国家を作り上げていた頃、現在のスイスに住んでいたケルト人達は、やっと青銅器文明から鉄器文明に移った頃だったけれども(紀元前8世紀頃)、カエサルが紀元前58年に開始した「ガリア人(ケルト人)との戦い」では、だんだんとローマ軍に破れ、北のゲルマン民族が、南のローマに侵入するのを防ぐ「盾」のように、使われるようになった。
とはいっても、ケルト人はもともと好戦的で、特に、現在のスイス辺りに暮らしていたケルト民族のヘルウェティイ族は特に好戦的で軍事力にも抜群で、武勇に優れていた。
そんな歴史を持つスイスは、その後、傭兵を送り出す歴史をくぐり抜けて、武装中立への意思を固めてきたような感があります。
いくつかのヨーロッパ内の戦争や紛争だけでなく、第一次世界大戦や、第二次世界大戦でも、中立を保てた秘訣はあるのでしょうか。
今回は、第二次世界大戦にだけスポットを当てて、スイスが中立を保てた外交術と国を守る覚悟を、備忘録として書いておこうかなと。
・1939年9月1日 ナチス・ドイツ軍がポーランドを攻撃
・それに対して、イギリス・フランス軍がナチス・ドイツに宣戦布告、第二次世界大戦が勃発
・スイスは、国の安全・独立・中立の維持を誓い、経済的利益と国民の生活を守ることを決定
・1939年8月31日スイスはヨーロッパに中立を維持する事を宣言
・1939年9月1日 42万人の兵を集結、ドイツから近代的戦闘機80機を注文する(1940年の冬に調達する)
・スイス、1度目の国土防衛の危機は1940年4月に始まる
・ドイツがフランスを攻撃し、1940年6月22日にフランスが降伏し、休戦条約が調印される
・これにより、スイスは、ドイツ、イタリアという枢軸国に囲まれる四面楚歌状態になる。
・スイスは、ナチス・ドイツによる侵略を恐れるものの、「徹底抗戦」の構えを取る事にする。
・スイスのアルプス地帯に兵士を集結させ、ナチス・ドイツ軍が侵入してきたら、ナチス・ドイツ軍にとっては戦いにくい条件下で徹底的に戦う意思を確認。
・もし、スイスの敗北が決定的になったら、ザンクト・ゴットハルトとシンプロンの二大トンネルを爆破して、イタリアからドイツへの輸送路を完全に経つことにする。(ナチス・ドイツのスイス侵略を無意味化させる)
・それらの計画をナチス・ドイツ側に予告する。
(↓↓↓スイスがナチス・ドイツに爆破予告をした、スイス国内の二大トンネルのだいたいの場所)
・ヨーロッパ南北をつなぐ、スイスの二大トンネルがなくなると、ナチス・ドイツは困るので、とりあえず、ナチス・ドイツはスイス侵略を後回しにしてイギリスへの攻撃を開始する。
・もし、ここでイギリス軍が降伏したら、スイスもついにナチス・ドイツから侵略されたかもしれないけれども、イギリス軍は空爆に耐え、降伏をしなかったことが、スイスには功を奏したようです。
・その間にも、ドイツ軍はソ連軍に兵力を差し向ける必要が出始め、スイス侵略は再び後回しに。スイスは最大の危機を乗り越える
・しかし、1941年、ナチス・ドイツが劣勢になると、自国の防衛を考え始めたナチス・ドイツは再び、国境を接しているスイス侵略を考え始める
・スイスが連合国に見方をすれば、ドイツースイス国境を、ナチス・ドイツが防御する事が出来ないだろうから、その前に、スイスを占領しようと言うのがナチス・ドイツの考えだったので、ナチス・ドイツはどうしてもスイスを占領しなければと思っていたところ
・スイスは、連合国に対しても厳正中立を守る事をナチス・ドイツに約束し、二度目の危機を回避する。
(スイスとドイツの国境↓↓↓ナチス・ドイツはここから連合国が侵略してくる事を恐れた)
簡単に書くと、こういうことで、なるほど、スイスの外交はとても上手いような気がします。
また、それだけではなく、この大戦中に、スイスはナチス・ドイツ、連合国側双方それぞれを相手国として貿易でとても大きな収入を得ています。
例えば、1940年8月には、スイスはドイツと経済協定を結び、ドイツから原料を買い、それを武器や光学器械に変えてドイツに売ったりしています。でも、それなのにその武器でもって、ナチス・ドイツから侵略されそうになったり、まったく、油断もありません。
他にも、イタリア、イギリス、アメリカとも武器の輸出入を行っています。
こう書いて行くと、黒い部分も見え隠れしますが、いずれにしても、自国の経済的利益を守りきったスイス。
外交が上手いか下手かと聞かれたら、上手いという事ですよね?
しかし、スイス国内でも、ドイツ語やフランス語の地域に分かれるので、ドイツとフランスが戦争をすると、スイス国民の感情も、使用言語に感情移入して大分二分されたそうですが、それでも、国を守るために、トンネルと爆破するような自国の価値を下げる事までして守ろうとした、その覚悟に、やはりスイスには相当に、列強の侵略と、資源の少なさから苦しんだ経験があるのだと思います。
戦争をまともに戦ったら、経済的損害を被るだけだから・・・ってあたかも思っているようです。
そして、その裏にある、心理戦など。
スイスの歴史をさかのぼって行くのは、興味深いです。
なるほど、こういう人たちの間で暮らすためには、もっとしたたかにならないといけないかな?
過去の苦労で、腑に落ちる部分もありますが、何事もバランスですかね。
参考文献 「物語 スイスの歴史」 中公新書 森田安一著
原発「安全神話」融解 小出裕章先生の講演をYouTubeで。
日本の政府は、福島の子供の屋外活動制限基準を年間20ミリシーベルトまで許容すると発表をしています。
日本の現在の法律では、成人でも1年間に1ミリシーベルトを超えてはいけないと書かれているのに。
10歳までの子供の、放射線への感受性は、35歳成人と比べると4倍~5倍と言われています。
ですから、
20ミリシーベルトまで許容するということは、つまり
この原発事故で子供の犠牲者が増える事はもう仕方がない
と言っている事と同義ととって良いのでしょうか。
ちなみに、年間20ミリシーベルトを過去に許容されたのは、一部の放射線専門家だけです。
彼らには、防護服や知識があるかもしれませんが、子供達には防護服も知識もなくて、これからの長い人生があるのに。
生き物と放射線は相いれない(放射線のエネルギーの巨大さ)理由。
(放射線はそれほど危険ではないとか、少量なら浴びた方が良いという意見への反論として)
生き物は、酸素と水素と炭素の結合体であり、それぞれの分子が引きつけ合う力は
・分子結合( 数エレクトロンボルト) という微弱なエネルギーだそうです。
しかし、レントゲンを利用すると
・X線のエネルギー( 10万エレクトロンボルト)という10万倍エネルギーが身体を通過するそうです。
これが放射線を浴びるとなると、
・セシウム137のガンマ線 の場合は66、1万エレクトロンボルト
・プルトニウム239のアルファ線の場合は 510万エレクトロンボルトという500万倍のエネルギーの固まりが生命体を遅い、分子と遺伝情報を傷つけ、人は生きて行けなくなるということです。
政府は、微量の被爆であれば危険はないというそうですが、アメリカのBEIR-VII報告(2005年)は以下のように発表しているそうです。
利用できる生物学的、生物物理学的なデータを統合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。
被爆のリスクは低線量に至まで直接的に存在し続け、しきい値はない。
どんなに微量の被爆であっても、被害がある、という意味だそうです。
利用できる生物学的、生物物理学的なデータを統合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。
被爆のリスクは低線量に至まで直接的に存在し続け、しきい値はない。
どんなに微量の被爆であっても、被害がある、という意味だそうです。
5月末
福島には運動会を行う小学校もあるそうで、運動会の前に、皆で校庭に水を撒くのだそうです。
校庭の土を削る事もしないで、水だけ撒いて(何のために?)運動会を行うそうです。
子供達には罪がないのに、この後、彼らの人生に負の遺産を押し付けてはいけないと思います。
原発を止めるか止めないかは、国民投票で決めるべきと訴える人たちも増えています。
ソフトバンクの孫正義さんも、そのように主張されています。
年間20ミリシーベルトまでなら大丈夫とか、
この野菜は食べられるとか食べられないとかは
もう、個人のレベルで決める事で、政府にそこまでの決定権はない
という意見も多く出始めているようで、私もそう思います。
以上は、京都大学助教の小出裕章先生の講演から少しお借りして書かせていただきました。
YouTubeで見ました。こちらです。
小出先生は、助教(かつての助手)として、退官を4年後に控えていらっしゃいますが、今まで一度も教授職に応募した事がないそうです。理由は「研究に費やす時間が減るから」だそうで、今まで教授に応募しないで本当に良かったとおっしゃっています。まさに研究人生をかけて反原発を唱えていらっしゃる方です。原発に疑問をもたれる方、推進派にもたくさんの選択のヒントがありますので、お時間がありませたらぜひご覧ください。
恐ろしい事に、小出先生が退官されると、日本には小出先生レベルで反原発を唱えられる専門家がいなくなります。後継者が現在いないのだそうです。小出先生曰く「このような状況になって、未来のない学問に興味を示す学生はいないでしょうし、原発の後始末だけをするために学ぶ学生もこれからは出てこないのでは」ということでした。ですから、ますます、私たち一人一人が考えて、行動する事が求められていると思います。
すみませんが、上手く貼れませんでしたので、リンクをクリックしてください。
http://youtu.be/ujYJOMUUJ3k
小出先生は、助教(かつての助手)として、退官を4年後に控えていらっしゃいますが、今まで一度も教授職に応募した事がないそうです。理由は「研究に費やす時間が減るから」だそうで、今まで教授に応募しないで本当に良かったとおっしゃっています。まさに研究人生をかけて反原発を唱えていらっしゃる方です。原発に疑問をもたれる方、推進派にもたくさんの選択のヒントがありますので、お時間がありませたらぜひご覧ください。
恐ろしい事に、小出先生が退官されると、日本には小出先生レベルで反原発を唱えられる専門家がいなくなります。後継者が現在いないのだそうです。小出先生曰く「このような状況になって、未来のない学問に興味を示す学生はいないでしょうし、原発の後始末だけをするために学ぶ学生もこれからは出てこないのでは」ということでした。ですから、ますます、私たち一人一人が考えて、行動する事が求められていると思います。
すみませんが、上手く貼れませんでしたので、リンクをクリックしてください。
http://youtu.be/ujYJOMUUJ3k


