JR尼崎の事故にて
事故発生以来、ずっと釘付けだった。
情報が更新される度に、ネットで各ソースをチェックすれるのは勿論、
日本の友人・知人が情報不足だろうからと彼是メールを寄越してくれた。
救出された被害者の搬送先リストを見ると、
知った名前が2つ有った。
同姓同名だという事だけを願いながら、
日本に電話をして何とか状況把握に努めた。
しかし残念ながらその名は私の元同僚だった。
二人共重症だと判った。
何とか助かって欲しいと願うばかりだった。
そして数時間後、
最悪のニュースが飛び込んで来た。
重症だった元同僚が、死亡者リストに...。
これを知ってから、西宮在住の彼は、
JRを利用していると言っていたのを思い出したけど、
同姓同名だという事を期待しつつ、
日本へ確認の電話を入れた。
日本に居る電話の相手は、
「彼だったんだ」と泣きながら私に伝えた。
私は呆然とした。
会社では社内結婚した奥さんが、
全く連絡が取れないと言ってたので、
事故発生直後から現場に行っている社員に、
何か情報が入ったら直ぐに連絡しろと伝え、
徐々に救出されていく被害者の中に彼の名前を発見。
直ぐに本社に連絡し、奥さんは搬送された病院へ直行した。
しかし、救助した救命士や手当てした医師達の努力の甲斐なく、
元同僚は息絶えた。
奥さんはもう、半狂乱で、どうしようもない程取り乱してしまい、
駆け付けた病院で鎮静剤を打たれて暫くして沈静を取り戻した。
彼女の悲しみは何にも変えられないとてつもなく大きなものだ。
しかし私達はただただ、見守るほか無い。
聞けば、もう一人の家族も同じ様な状態になったらしい。
当たり前だ。
数時間前に元気に家を出て行った家族が、
数時間後には物言わぬ状態で自分の眼の前に横たわっているんだから。
しかし、もう一人の方は未だ幸運だ。
安定して無い重体とはいえ、「命」は助かっているからだ。
人生の不公平さをこんな時強く感じ、大きな憤りを覚える。
情報の確認が出来て取り敢えずは「生存」と安心しきっていたら、
夕方にまた連絡が入った。
今度はまた別にメールを書いて、連絡をくれと頼んだ別の友人からだった。
悪い連絡で無い様にと内心で祈りながら聞いた。
友人は、元上司の訃報を伝えて来た。
だが、私はそれを受容れられなかった。
その亡くなったという元上司が、今は東京に居る筈の人だったからだ。
だから、それを彼に問い質した。
すると彼は、月曜に大阪で仕事があって、
それに出席する為に大阪へ帰って来ていたというのだ。
そして彼は続けて言った。
奥さんも一緒に亡くなったと。
私は文字通り、絶句した。
何でなんだ?と聞くと、普段はもう少し後の列車に乗車予定だが、
折角夫が帰って来ているんだからと夫の出勤時間に合わせて出勤。
それが仇となった。
言いたい事は沢山有る。
しかし今は、少しでも彼等の為に祈りたい。
ご冥福をお祈りします。
追記:在日時代何度か仕事をした弁護士の小寺先生の妹さんも、
乗車されていてお亡くなりになったと別件で連絡があった。
コメンテーターとしてTV出演なさっているので、
気丈にインタビューに答えられていたのが痛々しかった。
合掌。