聖地の行方
カトリーナの被害状況が刻々と報道される中も、
そんな事よりもかれこれ1年以上前から、
そんな事よりもかれこれ1年以上前から、
このトラブルは私達ニューヨーカーの気懸かりだった。
「トラブル」とは、ニューヨーク有名屈指のライヴ・ハウス、
CBGBの閉鎖だ。
私が子供の頃からキーなバンドは、ここから巣立って行った。
世界的な有名どころでは、
デイヴィッド・バーン率いるトーキング・ヘッズや、
デボラ・ハリー率いるブロンディがここの卒業生。
私が初めてニューヨークに降り立った時も、(何年前かは聞くな)
まだまだ危なかった地域だったけど、
怖いもの知らずの私を呼んでいたCBGB。
幼稚園並みの英語力でも気合入れて行った場所。
何故こんな閉鎖の話が出たかというと、
要はCBGBの売り上げが落ちてる上に、
大家から現在の倍の賃料を払えと言われ、
大家から現在の倍の賃料を払えと言われ、
テナント料が支払えなくなったという事。
そんなの俺ッちでも無理!
そんなの俺ッちでも無理!
それが単なる滞納なら良いけど、
色んな事が重なりオーナーと所有者の間に大きな溝が出来、
修復不可能な程までに発展してしまい、
とうとうリース契約期限の終了日を今日迎えたのだ。
勿論この話が知れ渡ってからは、
CBGB存続の為の署名活動や、
アピール活動イヴェントが開かれていた。
勿論私もその度に時間が許せば出席した。
やはり私の中でCBGBという小屋は、
私の青春そのものと言っても過言で無いからだ。
未だ日本に住んでいた頃、
私は一人のミュージシャンのライヴを見る為に、
ニューヨークへやって来た。
そして知人のアパートに荷物を置いて、
早速当日券を買うべく地下鉄に乗ってCBGBへ行った。
これが私の中での一番の思い出だ。
閉じられた重いドアを開けて中へ入ると、
20代後半らしき男性スタッフが見えたので話し掛け、
今晩のチケットが欲しいと言った。
すると彼はもう今晩の公演はソールド・アウトだと言った。
当時は日本からチケットを買う方法が無かった為、
現地で買うしか術の無かった時代。
そこで断られちゃ何の為に来たか!と、もう半泣き状態。
思いっきりがっかりしながらもそのニーチャンの話し掛けてくる会話に、
必死で答えるべくパッチで応対して日本から来たと事情を話すと、
必死で答えるべくパッチで応対して日本から来たと事情を話すと、
ま、ソーダでも飲みなよってな感じで、
見るからにがっかり肩を落としている私を元気付けようと、
コーラを1本抜いて手渡してくれた。

CBGBの内部 AFP/Getty Images


ブロンディのデブラ・ハリー(L)とギャビン・ロスデイル(R)

熱唱中のパブリック・エネミーのフレイヴァ・フラヴ

シャウトするチャームスのエリー・ヴィー Seth Wenig

CBGB周辺住民・NYU学生とファンが入り混じった観客群

ダイブ禁止の注意書き 流石CBGB!

店内壁の落書き モチ、俺ッちも何度も書いてきた

店内のバースペース Mary Altaffer

CBGBを救え!のTシャツと市長 Kimberlee Hewitt

CBGBの正面入口のテント
すると、皮のジャンパーを着た一群が店内に入って来て、
そのニーチャンと次々にハグ+キスをして奥へ消えて行った。
そう、それが私のお目当てだったアーティスト、
パティ・スミスだったのだ。
店のニーチャンが彼是喋ってくれるんだけど、
幼稚園並みなので???となる事が多かったが、
何とか会話を繋ごうと頑張っていたら、
そのニーチャンがこれからリハが始まるから、
不憫だからそれを見て行って良いと言ってくれたのだ!
もう、内心号泣の俺ッち。(嬉しいじょぉぉぉ!ごるぁぁぁぁぁっ!)
このまま帰らなくて良かった!と、本当に嬉しくなった。
未だスタッフしかステージ周辺には来てなかったので、
書類に向かいながら話してくれるニーチャンに声を掛けると、
今、飲料の在庫計算をして居ると言ったので、
電卓を持参していた私は「手伝うわ!」と言うとニーチャンはニコニコで、
「俺、苦手なんだ」と言って書類を私に渡した。
そこから30分強で検算も終えて手渡すと、
ニーチャンはもっとニコニコになった。
検算の途中でメンバーがステージに立って、
サウンド・チェックを始めた頃にパティの登場。
彼女も音を聞きながらマイク音声のトーンのチェック等をし、
検算を終えかけた頃にバンドの第一音が出て来た。
そして書類をニーチャンに返したら、
ニーチャンは楽しめよと言って、
ステージを見るよう促してくれた。
だが5曲位するとリハを終えてしまったので、
とても残念な気になった。
人間の貪欲さを垣間見た瞬間だった。
するとパティが出来具合をニーチャンに聞く為に、
ステージから降りて私とニーチャンの所へ歩いて来たのだ。
ステージから降りて私とニーチャンの所へ歩いて来たのだ。
ニーチャンが今日もカッコイイねーとか色々話して、
パティが私の方を見て、「この子ダレ?」と聞いた様だった。
ニーチャンは私が日本から彼女のステージを、
「態々」見に来たけどチケットが買えなくて、
今夜のステージが見れないと説明してくれた様だった。
パティは「From JAPAN?!」と、
眼をギョッとさせてすごく驚いていたのが判った。
そしてめっちゃ早口で(当時の俺にはちんぷんかんぷん)、
ニーチャンにダダダッ!とマシンガンの様に話しをして、
ニーチャンの短い返事を聞いてから、
私の方を見て「See you later!」と頬っぺたにキスをして、
楽屋へ戻って行った。
訳ワカメな私はニーチャンの顔を見て、
『なんて言ったんだ!?』という眼をして見詰めた。
するとニーチャンが、「今夜8時半頃に来い」と言ったのだ。
要するにニーチャンが上手くパティに話してくれたお陰で、
パティが日本から来たのならと、
今晩のライヴに私を入れてやってくれと言ってくれたのだ。
「あぢがどぉぉぉぉぉ、パティィィィィィィ!!」と、
またあの重いドアを出た時に叫んだのは言う迄も無い。
その晩言われた時間に行くと、
あのニーチャンが入口に居たので顏パスで入り、
憧れのライヴを堪能したのは言う迄も無い。
ライヴ後礼を言う為に残り、
客が引けた頃にニーチャンの元へ行くと、
客が引けた頃にニーチャンの元へ行くと、
ニーチャンが楽屋へ連れて行ってくれたのだ!
幼稚園児並みの英語を駆使して(駆使してもなぁ)、
世界的スターを目前に四苦八苦、七転八倒。
英語が出来ない事をこれ程悔やんだ事は無かった。
(って言う程、若過ぎて未だ勉強も英会話もこなして無いんだけど)
でもパティやバンドのメンバーはゆっくりと話してくれ、
しどろもどろ乍らも何とか会話成立。
そのまま食事に行くというので、
誘って貰って私も今夜一人だしなと同行した。
誘って貰って私も今夜一人だしなと同行した。
こんな夢の様な経験をしたCBGB。
それをあっさりと忘れられようか!
市長のブルームバーグも介入して解決を図っているが、
埒が明かない模様。
オーナーも、立ち退きに抵抗すると言っている反面、
ラス・ヴェガスに移転すると言い出す始末。
ニューヨーカーが本当に愛して止まないCBGB。
パンク、ロックの聖地のCBGB。
やはりニューヨークに有ってこそ、
CBGBなのだと思い乍ら、
ワシントン・スクエア・パークでのライブに参加した1日だった。
Live at CBGB's (US版)
Horses (US版)
Horses (JP版)
Easter (US版)
Easter (JP版)
パティと言えば、この2枚!オンタイムでしたよ~(未だ、ジャリでしたが)
CBGBでのライヴ盤も有り!(USのみですが、脂が乗ってて聞き応えアリ!)
Live at CBGB's (US版)
Horses (US版)
Horses (JP版)
Easter (US版)
Easter (JP版)
パティと言えば、この2枚!オンタイムでしたよ~(未だ、ジャリでしたが)
CBGBでのライヴ盤も有り!(USのみですが、脂が乗ってて聞き応えアリ!)