人生には、時に「自分ではままならない」ジョーカーを引いてしまうことがある。
ジョーカー=不幸の種。


sky1 災害だったり、病気だったり、犯罪だったり、人間関係のトラブルだったり。
自分が招いた不幸の種ではなく、どうにもならない不幸の種が降ってわいてくることがある。
誰にだって、ジョーカーが降って沸いてくることはある話し。
「何で自分だけが」と思う人だって、いるはず。


そんな時、ジョーカーをどうやって処理していくのか。


一つ忘れているのが、ジョーカーは「負けのカード」になることもあるが、

「化けるカード」でもあるっていうこと。

ババ抜きでは負けてしまうが、大貧民なら勝てるチャンスが出てくる。


でも今までと同じゲームを続行していたら、ジョーカーは「負けカード」のまま。
だからココは、ゲームの内容を自分で変更してしまうことだ。


まず最初に、自分が持っているカードを確認する。
どんなカードが手元にあるのか、順番を整理してみることが大切。
不必要なカードが手元にあったら、それを先に処理しておくのも、一つの方法だ。
そうすると、自分に強いゲームが見えてくる。


「このゲームなら、自分のジョーカーが生かせる」


そうなると、算段を決め、狙いを定め、一つ一つ実行し、ゲームを変更していく。
それは、ジリジリと変わっていくこともあるし、
段取りを決めて、一気にゲームを変えてしまう方法もある。
その時は、今いる自分の周囲のメンツを見て、どちらが有効なのか見極めなければならない。


ちなみに、ゲームを変更するということは、生活環境を改革することでもある。
そのままのゲームで、ジョーカーを負けカードとして持ち続けるか、
新しい環境を覚悟して、ジョーカーを生かす化けカードにするか、

 …それは自分の判断。


自分の判断で、ゲームを変更したら、あとはゲームに集中。
手持ちのカードをいかに処理するべきか、ジョーカーをどう使うのか、全神経を研ぎ澄ませて、自分の人生に取り組むべし。


だって、もうジョーカーは「負けカード」ではなくて、「化けカード」になったのだから。


画像素材:puchu*materials

Title5 TITLe*ホームページ


「アディダス×プーマ++最強案内!」


今回も、この雑誌は盲点の盲点、その面白点を見せてくれました。
そうそう、アディダスとプーマを出すだけで、いくらでもネタは尽きないという感じがする。



≪アディダスの野望≫目次*気になるのだけ抜粋

■スーパースター生誕35周年記念。
■幻のシークレットモデル発表!

復刻ライン、オリジナルスのファッション戦

■数々の名作シューズを生み出したアディダス・フランスとは


≪プーマの跳躍≫目次*気になるのだけ抜粋

■世界に1足!これぞ究極のレアものプロジェクト。

■元スーパーモデルが提案するヨガライフスタイル"ヌアラ"

■ただいまプーマがモータースポーツ界を席巻中!

■若きCEOヨッヘン・ザイツが明かす経営哲学



私が一番はまったのは、中学・高校だったかも。
その頃は、部活もあったので、スポーツウエアもファッションの一つだったから。
個性を引き出すのは、制服だったり、ジャージだったり。
でも、単なるジャージじゃ嫌!って、思ってて。


サッカーの好きな男の子は、プーマだったな。

私も、どちらかというと、プーマ派だったりする。

アディダスというのは、靴のラインを見ても分かるように「直線の中のラウンド」
スタイルの中に、直線的な重みと、角のない丸みが、アディダスの傾向だと思う。
靴を見れば、一目瞭然。
どっしりとした足の甲の直線と、先端の丸みが際立つ。
パンツウエアも、ストレートなものが多い。


それに対して、プーマはラインのラウンドがよりハッキリしているのだ。
足の甲の部分は、絞ってラインを見せるのがプーマだと思う。
ロゴだって、丸みを帯びているし、全体的にラウンドの明確なスタイルが多い。


そんな中で、私がプーマ派を選択したのは、小物の可愛さにある。

2年ほど前のデザインだったのだが、プーマの典型的なスポーツバッグのミニミニ版が出た。
お財布と携帯とハンカチを入れれば、それでいっぱいなのだが、その小ささと丸みの可愛さに惹かれたのだった。
ピンクが似合うのも、プーマの面白いところだと思う。


全体的な配色が、ビビッド一歩手前の、ソフトビビッド(と勝手に名づけて)が好ましい。


だから
ワタシはプーマ派。
アナタはアディダス派?プーマ派?


著者: NoData
タイトル: SIGHT (サイト) 04月号 [雑誌]

 


【究極のマンガ200冊!】


このタイトルを見ただけで、気になって手にとってしまう人も多いはず。
日本は漫画大国。
ワタシの好きな漫画は…と聞けば、どんな人にも1冊2冊と名前が上がってくる。


ただし、この雑誌を開いて分かることは、すべて対談形式ということ。
活字・活字の連続である。
世界に羽ばたくマンガの評論でもなく、対談が続く、続く。


漫画特集でありながら、「読む漫画の話し」なんだっていうこと。
その長さ、まどろっこしさに、少し疲れてしまうかもしれない。
そこが、ちょっと残念。
視点は面白いのにな。


特集にネタがついてきてない雑誌というのは、「見どころ」「読みどころ」に欠けるので、今回はパス。
次回に期待したい。

思うのだが…堀江社長(堀えもん)は、頭がいいのに、話し方はちっとも頭がよさそうに聞こえないのは不思議だ。
いやいや、全然不思議ではない。
彼のしゃべり方というのは、冒頭に「フン」と鼻で嘲笑するような音が脳裏のどこかに響いてくるから。


「フン」という音を、直接耳で聞き取っているわけではないが、
もし私が漫画がかけたら、彼のバックに「フン」と音を入れてしまいたくなる。


それは、顔のどこかで「フン」という表情をしてしまっているから、聞こえない音を耳で聞いてしまうのだ。


そして、全体的に、人を小ばかにしたような物言い。
アレでは、年配の人たちの賛同を得るのは難しい、と思ったのは、私だけじゃないはず。


さらに、小ばかにしたような「言葉の使い方」も気になる。
その典型的な例が、「想定内ですから」(「フン」)という言葉のチョイス。
例え、自分には想定内だったとしても、そして相手に隙を見せないためだとしても、「想定内」を連呼するのは、ちょっと…。
最近、ある子どもが、強気に人を小ばかにする状況で「想定内ですからぁ~」とのたまった。
いやはや、子どもは敏感だ。
ある意味正しく、「想定内ですから」の使い方をマスターしていたのだ。


ビジネスシーンでは、何事も一歩へりくだった姿勢が大切。日本では。
それが良いかという論議は別だが、だが、多くの賛同を得たい聴衆の前では、

「謙虚さ」が一番の武器である。
それも一貫して。
いきなり謙虚な言葉遣いで、「従業員サマ」などと発言してしまっては、反発を買うのが想定内である。


私個人としては、開拓者・堀江社長は好きだ。
が、私が広報担当なら、まずアノしゃべり方を一喝しておかねばと思ってしまう。
常に横にいる、美人広報担当者も有名になったのだが

     …私と替わらない?

     …あ、ダメ?無理?そうよね(笑)   

ふえマニュアルから厳選ピックアップ、私の地震災害対策方法はこれ!

 

〔災害直後〕

*ベッド横にはヘルメットを置く

*ヘルメットの中には「笛」を入れておく

*ベッド横にトレーニングシューズを置く

 

東海地震が危険だって言われた頃から、部屋にヘルメットを置くのは当たり前だったのだが、最近はベッドの横にまで近づいている。

寝ているときこそ、逃げ時間も逃げ場所もない!

(これ、東海地方の人には常識のモノ)

 

更に最近買い足したのが、「笛」だ。

100円ショップで、体育の時間に先生が使うような笛が売っている。

絶対、用意すべし!

もしつぶれた家に閉じ込められたとき、この笛を吹くことで見つけてもらいやすくなる。

 

そして、床という床に物が落ちている中で、外に脱出するときには、運動シューズが必要になる。

スリッパでも十分いけるらしい。

私は、ジムのカバンを、必ずベッドの横に置いている。

その中に、ちょうどトレーニング用のシューズが入っているから。

 

〔脱出後編〕

*抱きしめてあげる

 

子どもがいるおうちで、必ずしてほしいこと!

PTSDにならないように、一番弱い子どもにはしてあげて。

 

*NTT伝言ダイヤル

*Iモード災害掲示板

 

災害伝言ダイヤル(疑似体験コーナー!!)

これ、結構すごいかも。

いきなり災害時に初チャレンジ…って、難しいでしょ。

 

*車内に充電器

 

コンビニで売っている、"シガーライターソケット"で接続する充電器を買うべし。

もっといいのは、"シガーライターソケット"で接続できる「コンセント」変換器。

↑こっちなら、その他の電気製品も使える可能性が出てくる。

 

画像:☆写真素材:防腐剤☆

著者: NoData
タイトル: ニュータイポグラフィックス―書体見本付

 

 日本タイポグラフィ協会ホームページ

 

 数あるタイポグラフィー系出版物の中で、[書体見本付]というのにオドロイタ。

写真集を眺めるのと同じスタンスで、この本は眺めていられるのだ。

書体に個性があるのね!!という感慨に耽ってしまう。

が、お値段が高いので、紀伊國屋・新宿南店の雑誌コーナーに行ってみて、そこで検討してみるのも、一つの手段かもしれない。

 

 

【タイポグラフィ】って知ってる?

私が知ったのは、つい最近。

私たちの周りにある、"広告デザイン"について語ろうとなると、普通は「映像」や「音」が中心となっているCMを思い出す。

でも、広告といっても、なにも「映像」「音」に限らない。

そう、最も古典的で、今でも革新的な広告手段の一つに「文字」「書体」がある。

 

文章の中身が命のライティング

ネーミング・タイトル一発勝負のコピー

 

…そして、文字デザインによって大衆の関心を引っ張ってくるタイポグラフィー

 

そうなのだ。タイポグラフィーというのは、文字デザイン・書体表現したものなのだ。

今でこそ、「映像」「音」が私たちの注目を引く手段となっているが、2次元的な表現手段と言えば、タイポグラフィーなのだ。

 

各企業が、「企業名」をカッコイイ書体で表現しているが、あれがタイポグラフィーと考えれば想像しやすい?

「企業名」をそのままロゴにしちゃっているのも、タイポグラフィーでしょう!

広告コピーの文字を、デザイン化したものもタイポグラフィー!

 

街中で、テレビで、目に触れる文字の多くは、タイポグラフィー!

 

【タイポグラフィー】なんてカタカナで表記されると、新しい分野のような気がするが、でも起源はかなり古いのではないかと思う。

ちょっときちんと情報を探していないので、確実なことはいえないが、活版印刷の当時からあってしかるべきデザイン技術なのではないかと思う。

大正時代には、活字見本表も出版されていたことでもある。

 

これらの【書体】=【タイプフェイス】について、日本タイポグラフィ協会では、定義をこのようにしている。

 

1、タイプフェイス(書体)
  記録や表示、印刷などの文字組に使用するため、統一的なコンセプト

  に基づいて作成された次に示す文字または記号等の一組のデザインをいう。
a. 日本文表記用のひらがな、カタカナ、漢字をセットとしたもの。
通常濁音、半濁音、拗・促音、句読点、記号などの付属物を伴う。
b. 特定の使用目的を持つ一組の仮名(ひらがな、カタカナ)。
c. アルファベット及び記号等。
d. 数字と定式記号、慣用されるシンボル、科学記号等の図形的記号。
e. 縁とり、花飾り、花罫、模様のようなオーナメント。

 

そういえば、私は中学の美術の時間に、漢字四文字が課題にあてられて、それを毛筆ではなく、楷書体でデザインして表現し、色付けまでする、そんな楽しい授業があった。

これが、タイポグラフィーの勉強だったのでは!?

その授業以来、手紙のタイトルを楷書体やゴシック調で書いて、授業の暇つぶしなどする女の子が増えた。

可愛い書体が書ける女の子は、それだけで人気者になれた。

 

こんな風に、私たちは無意識のうちに、文体の書体・フォントを重視している。

最近のホームページも、フォントにこだわっているコンテンツがあっちこっちに存在している。

「読みやすく」「楽しく」「可愛らしく」(女の子の場合は)

そして、「目を引く」!

 

"広告"としての【タイポグラフィー】の存在感は、さりげなく・圧倒的デス

 

ちなみに、タイプフェイスフォントの違いは、

*タイプフェイスはその文字の姿(デザイン)、つまり書体を指す。

*デジタルフォントは、タイプフェイスのデザイン(字形の輪郭線)を高次の数式で「表現(描画)したプログラム」

こう言えるようだ。(日本タイポグラフィ協会の「Q&A」から引用)

 

最後に注意点を一つ。

タイポグラフィー・タイプフェイスには、「著作権」「知的財産権」「商標」が存在しますので、勝手に引用すること、創作者の権利を無視してはいけません!

ですから、上記の本の見本を引用するときには、これらの権利にかからないか十分検討してください。

本短時間に、たくさんの本を読む工夫はないが

短時間に、自分に合った本の選び方は、あったりする。

 

時間の工夫が下手なのか、単純に読書意欲が足りないのか、それは不明だが、ワタシにとっては、読書量はあまり気にならない。

しかし、限られた時間の中で本を読んだとき、「やっぱり気に入らない」などという結果だけは避けたい。

図書館派でもなく、どちらかというと、買い込み派なので、せっかく買った本・せっかく読んだ本が、徒労に終わるのはいやだ。

 

ということで、ワタシが本屋に行った時の行動を、観察してみよう。

 

*まずは、雑誌コーナーに足を運ぶ

 一つは、軽い読み物での準備運動だよね

 もう一つの意味は、「本の情報」をゲットするため

 各雑誌に載っている書評やダヴィンチをチェック!

 

*店内を一周

 「今の自分」が気になる分野を"感じる"ため

 (霊媒師ではありませぬ)

 

*散策中は、平積み・山積みの本をチェック

 やっぱり流行には敏感でいたいのかも

 

*新聞欄をチェック

 ある本屋では、各紙の書評をつるしていてくれる

 (この本屋の気配りは好きだ)

 

*おもむろに、標的を絞って本を手に取る

 

*「目次」をまずはチェック

 似たような本でも、目次を見ると中身が異なることが明白になる

 よくわからない本でも、目次を見ることで中身が見えてくる

 

*「はじめに」をチェック

 冒頭には、著書の気合が詰め込まれているから

 どんなことを書こうとしているのかな?

 重要なのが、"この文体は私の感覚に合うのか"

 面白そうでも、文体が気に入らなくて読む気にならないことアリ

 

*「おわりに」をチェック

 他の作家・評論家などのコメントを読むことで気持ちを盛り上げる

 

*著者の経歴をチェック

 スゴイ経歴をお持ちの方は、素直に感心してしまう

 過去に出された本は、確認しておかないと

 

*著書の顔写真を探す

 これ、ワタシ的には絶対に必要!

 ピンとこない顔には、読む気になれない

 逆に、ピンときて読んだ作家さんアリ

 …ちなみに、村上春樹さんだったりして(笑)

 

著者: 谷崎 光
タイトル: 中国てなもんや商社

 

中国の暴動に、私たちの注目は一気に高まったと言える。

それは、一時期の「中国市場開拓時代」以来ではないだろうか。

だが、その当時は、"経済"面での話しであって、決して"政治"的な局面ではなかったわけで、また私たちは新たに「中国というお国柄」にカルチャーショックを覚えてしまったわけである。

 

「愛国(反日)教育」というものを、初めて知った人も多いはず。

でも、この真偽を語る前に、私たちには「どうしてああも中国人は一方的なんだ」という思いが浮かんできては消え、また浮かんできては頭を抱えてしまう。 

そもそも、「愛国教育」なるものが存在すること自体、中国人にとって当然のことなのが、私たちには不思議なのだ。

 

やっぱり、風貌は似ていても、中国と日本は、全く文化の異なる国なんだと実感するのだが、ならば、その「私たちとは違った感性」の持ち主は、どういった人たちなのか、そこから見えてくることも多い。

 

ということで、思いついたのが、この『中国てなもんや商社』の本であった。

 

この本は、中国市場開拓時代の初期の初期、日本の商社が安い人件費に目をつけて、そこに市場開拓しようとした頃の話。

その中堅アパレル商社に勤めるOLの実話である。

ある国で商売をしようと思うなら、まずその国の人柄・お国柄にぶつかって、ある意味闘わねばならないのである。

そんな激・バトルを、"痛快"に書き下したのがこの本である。

 

はっきり言って、「面白い!」のだ。

苦労を笑いに変えられる著者は、アッパレ!!

 

この本を私が知ったのは、上海に赴任した経験のある元彼が、私に「俺の苦労はこれと同じだった」と、彼の部屋にあったものを貸してくれたことから始まる。

なので、この本の話は、ただのノンフィクションではなくて、リアリティー溢れるものと、私は思ったものだ。

 

~てなもんや商社のシチュエーション~ 

「注文した製品が届いてません!」

「いいや、私たちは確かに送っている」

「だったら、税関の証明書を送ってください!」

「そんなの探す必要はない、製品は確かに送ったから」

 

「期日は昨日でしたよ!」

「工場が、先週の台風で流されてしまったので無理だ」

「じゃぁこれから行きます!」

 

たとえ、彼女が中国に直接出向いて、納めるはずの製品が作りかけで山積みになったのを見つけても、工場が台風なんかに流されずに以前と同じ位置に無傷であっても、彼ら(中国人)は、謝らないのだ。

「気づかなかった」

「明日送ろうと思っていた」

 

こういうのを、「いけしゃぁしゃぁと」と言うんだと思う(笑)

 

 

確かに、元彼も「まず、期日が守られることはなかった」「何度泣かされたことか」「期日を1週間前に設定しても、当日の朝まで会場作りをした」と語っていた。

 

そんな彼らのことを、元彼はこう言っていた。

「彼らはね、絶対に謝るという事はしないんだよ」

 

「彼らとだいぶ打ち解けるようになって、やっと僕の立場を理解してくれた中国人に聞いたんだよ。

『何で一言スミマセンって言えないのか』ってね

…ちなみに、そういう話を聞くこと自体、彼らは拒絶していたんだけど。」

中国人「僕らは、謝ったが最後、何をされるのか分からないという思いがあるんですよ」

 

「って、どういう意味か、僕なりに考えたんだけどさ、君分かる?

中国って言うのは多民族国家だし、歴史的にも敗者は一瞬で首を持ってかれるということが、普通にまかり通っていたでしょ」

「三国志の漫画しか想像できないけれど、分かるかも」

「うん、だからさ、彼らは、自分たちの命を守るために絶対に謝罪しない、絶対非を認めないわけだよ。それが正しいか間違っているかは、関係ないの。だって、自分の命がかかっているんだよ。」

「でも仕事でしょ??」

「そりゃぁ日本人の感覚。政治と経済を別に考えるのは。」

 

もしかしたら、あの「愛国教育」というのは、中国という国の、中国という国を守るための行動なのかもしれない。

それが正しいか間違っているかは、関係ないのだと思う。

彼らにとってはね。

 

「悪いのは、日本だ」と言い放った中国政府の姿も、「てなもんや商社」の面々とイメージが重なってしょうがない。

「悪いのは、説明不足のアナタだ」と突っぱねた李さん(笑)

 

 

だから、私は思うのだ。

「中国政府は、今回の件について絶対に頭を下げないだろう」

でも、日本には、謝罪を要求する権利もある。

それは、国際的に見ても、外交的にも、当然の権利。

 

ちなみに、中国政府は賠償に応じないのに、中国政府ではない別の機関が賠償に応じようとしているのは、「中国」として頭を下げずに、今回の件を処理しようという考えだと私は想像しているのだが。

 

でも、こんな特有のお国柄のままで、国際社会の中でリーダーシップを発揮していけるかどうかは、ちょっと問題とも思う。

 

最後に、「てなもんや商社」の映画化が、映画化モノの中での成功例だと思うので、こちらも↓に明記しておきたい。

成功した理由は、主演が「小林聡美」さんだったから。

めちゃくちゃ!ハマリ役だった。

 

タイトル: てなもんや商社

 

 とにかく、中国のお国柄に飲み込まれず、「てなもんや商社」でも読んで、痛快に笑い飛ばして、一歩引いた冷静な視点で行こうじゃないか…と私は思っている。

著者: NoData
タイトル: オンナのリアルインテリア

 

トーソー出版

オンナのリアルインテリアホームページ

 

 

 ちょっと可愛らしい装丁に、タイポグラフィ(タイトルなどの文字装飾)に惹かれて、手に取ってしまった。

 

この本の出版元を調べて見ると、面白いことが分かった。

トーソー出版とあるが、実はインテリア販売店「トーソー」の出版部門らしい。

トーソーは、インテリアと言っても、家具ではなくて、ブラインドやシェードを販売している。

ふと、カーテンの販売はないことに気づいたのだが、それって逆を言えば、カーテン会社特有の伝統的なインテリアコーディネートから一線を画して、現代的なデザインを重視しているのではないかと思う。

 

↑のトーソー出版のページから、最下部にある「Home」→「リンク集」をたどると、ページの右側に、「インテリア関連リンク」「編集部が選んだベストショップ10」がある。実は、なかなか興味を引いたのが、このリンク集でもあったりする。ちょっとステキなインテリアに関するページが、厳選されてアップされているから、ネットサーフィンが楽しくなってしまった。

 

 

本を手にすると、帯には「働く女性40人のリアルな部屋」とあるだけで目を引いてしまう。

 

ページをめくると、まずその働く女性がカタカナ職業であることに気づく。

デザイナー、スタイリスト、イラストレーターなどから始まるので、一瞬「ただかっこいい部屋を紹介する本」だと不安になった。

でも大丈夫。一方で会社員の部屋があるし、カタカタ職業のオンナの部屋も、ただカッコイイではないので、ご安心を。

ちなみに一番ヘキエキするのが、モノがなくて、Simple is the bestがインテリアだと言っているような本。それだけは、面白味がないと感じてしまうのだ。

それはインテリアの仕事ではなくて、物を隠すことができる家の素晴らしさを紹介する"建築雑誌"の役割だと思うのだが、どうだろう。

 

それでも、私たち読者凡人の身からすれば、センスの良い女性(カタカナ職業)の部屋は見てみたいし、でも普通の女性の部屋だってちゃんと見ておきたい。

片方で憧れながら、もう片方で安心も得たいから。

「あぁ、会社員もあんな部屋が作れるだから、私にもできる」って。

 

だから女性陣の構成にまず納得。

 

でも眺めていると、別の感慨も沸いてきた。

特別の仕事についている人、本を読むのが好きな人など、どうしても部屋には、必要なモノや仕事の道具で溢れてしまうことがある。

それらは、一応自分のセンスの中で買われて部屋の一員になったモノたちなのだが、決してスマートに収納できているわけではないはず。

私も部屋の中で本の存在感に悩んでしまう。

洋服が好きな人は、衣類やミシンなどの作業机などでは?

それが、それぞれ理由や立場は違えど、この本に載っているハタラクオンナたちは、上手に配置しているのだ。

 

部屋を整えることから仕事が始まる…そう思いませんか。

ごちゃごちゃの部屋から、感覚を研ぎ澄ませる仕事なんてできない。

自分を磨くならば、部屋を磨くべきだと私は思うのだが、そういう意味で、カタカナ職業でプロフェッショナルに活躍している人の部屋と言うのは、必見なのだ。

彼女たちは、溢れるモノたちと自分のセンスを上手に生かして、それをインテリアという形で表現してみせていると感じられる。しかも、収納方法が上手!

 

どんなセンスで、どんな収納方法を実行しているかは、職業やその人の性格でだいぶ違ってる。

これも興味深い。

部屋に、個人が見えてくるから楽しいのだ。

 

ただ…最後に難点を挙げるとすれば、お値段が高いことかな。

 

ガーベラ「ファンデーションをぬらない日」がある。

それは、"顔ぢから"を保つため。

この"顔ぢから"は、ファンデーションに頼って、自分の表情を落としてしまわないためものだ。

 

男性は、ファンデーションをぬらないということに着目してほしい。

そんなこと当たり前と言えば、それで終わってしまうのだが、その効果の違いを実感できることがある。

それは、スッピン女性と、スッピンの男性が並んだ時。

 

正直、普段メイクをしている女性が、スッピンになったときの怖さは…男性でも知っている人は多いだろう。

ブスって言うわけじゃない。

愛嬌があるといっても、一瞬ぎょっとしてしまう。

眉がないから怖いと言う人もいる。

でも眉だけ描いてあってもいつもと違うはず。

 

この、「女性がスッピンになった瞬間」というのは、「いつも眼鏡をかけている人が眼鏡を外した瞬間」のギョッとした感じと同じだと私は思ってしまう。

えっ!?こんなに目が小さいの??

漫画で目にすると、(*-*)という絵が描ける感じ。

 

ところが、「もうコンタクトにしちゃった」と言って、完全に眼鏡からサヨナラすると、だんだん目に力が戻ってくる。

それで気づくのだ。

あぁ眼鏡に頼って、目の力と大きさをどこかに忘れた顔になっちゃっていたんだ。

眼鏡の向こうで、目の力と目の筋肉が退化していたんだっていうことを。

 

ファンデーションも、顔の上に乗っかっている「安全パイ」

その存在に安心して、きっと顔の筋肉が退化しているはず。

 

結局は、「顔に対する責任」を失ってしまっているからだと思う。

ファンデーションがなければ、顔から力やら表情やらが消えてしまう。

 

ちなみに、男性のスッピンで(当然だが)一番"顔ぢから"があるのが、キムタク。

なんだなんだ~、あのオーラというか、目と表情の強さは。

 

男の人は、メイクができないから、自分の顔に責任を持っているんだと思う。

自分の表情も、モテたかったら顔に力がなきゃ。

逆に、顔に力があると男の人は、仕事ができるような錯覚さえ感じられる。

なんだか生き生きとした人生を送っているようにも思える。

 

だから、私は[スッピンデー]を作るようにしている。

自分の"顔ぢから"を保って、自分の表情に責任を持とうと思う意思の現れ。

でも、人前に出るときには、さすがにスッピンは相手に失礼だと思うので、一人でちょっと近所を出かける程度にとどめてはいるが。

いちおう、メイクも嗜みの一つですからね。