大学以来のベートーヴェンマイブームで、車の中ではベートーヴェンのピアノソナタを絶賛
リピート中。私はそんなに筋金入りのファンではないけど、とりあえずクラシックを聴くとベートーヴェンに偏る。
なんでそんなに好きなのかと真面目に考えたこともあったけど、結論から言えば「だって好きなんだもん」としか言いようがなかった。
メロディラインにしろ、和声進行…というのかな?和音の動き方ね、そういうものにしろ、よくここにこの音を持ってきました、よくこの楽器を選びましたといちいち溜息がでるほど、ベートーヴェンの“音”は奇蹟的な美しさを持ってる、と思う。
完全に好みとしか言いようのない問題だけど、もうこれはベートーヴェンの美意識とか個性とか、そういうものを好きだと言っているようなものだから仕方ない。
…とはいえ。これは私が “筋金入りのファンではない” 理由でもあるのだけど、ベートーヴェンの音楽なら全部が全部好きかというと、そうでもない。多分むしろ、私が熱狂的に好きなのはベートーヴェンの音楽のごく一部だし、聴いてはみたけどさほど好きにならなかった曲もたくさんある。
音楽に使われてるメロディや和音なんかを、大雑把に
A.どうしようもなく好き(≧∇≦)♡
B.まあ好き(^^)
C.あんまり印象に残らない(´-`)
D.…だっせ(^^;
E.嫌い!(>_<)
で分けると、他の作曲家の曲はBとCが圧倒的に多い。現代音楽の不協和音やら無調音楽やらでない限りは「…まあ、いいんじゃない?」と思うか、全く覚えてないか。
そこんとこ、ベートーヴェンの曲はどうかというと、AからDまで幅広い。同じ曲の中でもAやらDやらが混在する。E.嫌い!はさすがにないけど。
…そう、結構あるんだ。なんか垢抜けないメロディだなぁってのが(^^;
荘重な雰囲気の中に突然現れるラジオ体操チックなメロディやら、赤ん坊にベロベロバァってやってるみたいなメロディやら、その他なんとも言えない「どうしてソコそんなダッサい音にしちゃったかなぁ」(←超上から(^^;)と思ってしまうような。
でもでも、それでもね、必ずしも私好みの音楽ばかり創る人じゃないからこそ、私の大好きな曲たちの神がかった美しさはまさに奇蹟(私にとって)だと思うんだ。
特に「ピアノソナタ第23番『熱情』」「ピアノ協奏曲第5番『皇帝』」この2曲に至っては、美しくない箇所がひとつもない❗️どこもかしこも、一音一音が奇蹟のような美しさ✨まさに完璧。…あんなダッサいメロディだって創っちゃう人なのに‼️←大きなお世話(^^;
で、思うに…。
そういう意味で、破綻のない安定した美しさを見せるのは、モーツァルトの音楽じゃないかなぁ、と、個人的には思う。
いくつかモーツァルトの音楽を聴いて思ったのは「この人は、人が本能的に求める音というものを熟知しているんだなぁ」ということ。
何というか、腑に落ちるというか、満足するというか、「待ってました!」感というか。
だからモーツァルトの音楽は、何であれ聴いた後にスカッとする。私の音楽的な欲求を、よくぞ解ってくれました、と言いたくなるようなカタルシス。こういうのを求めていたんだよ!っていうのがすべて満たされる。破綻はひとつもない。
でも私は、モーツァルトを聴きあさる、ということはしなかった。…なぜなら、多分、聴いた分で充分満足してたから。
ベートーヴェンは、違う。ダッサい曲も冗長でタルい曲もある(私の中ではね)。でも、時折、私の想像をはるかに超えた次元から、奇蹟のように美しい曲が降ってくる。
そんなのがたまにあるから、聴いてない他の曲でそんな奇蹟の音楽がまだあるんじゃないかと気になってしょうがない。
ベートーヴェンという個人の個性や美意識、何を考えて曲作ってたんだろうとか、そういうことにも興味が湧いて、ああ、私も“ベートーヴェンファン”の世界に片足突っ込んでるのかなぁとぼんやり思う(笑)。
…この感覚、似たようなことをどこかで考えたなぁ、とふと思い出す。
そう、あれは…生まれて初めて、宝塚の舞台を観に行った日のこと。
トップスターは春野寿美礼さん。第一印象は、とても宝塚的な、清楚な美しさをもつ人だと思った。
だけど、プログラムをめくりながら、写真によって印象が全然違うことに気がついた。やっぱりキレイだなぁ、と素直に思える顔もあれば、なんだかひどく老け込んで見えたり、そのへんにいるフツーの人に見えたり。
帰りにキャトルレーヴに寄って、ブロマイドやらポスターやらで、各組のトップスターの顔をしげしげと眺める。
…そして、どの角度からみても破綻のない美しさを見せているのは、和央ようかさんだなぁ、と思った。すごいね、どっから見てもどんな表情でも美しい人っているんだねー、と感心して帰った。
正直なところ、顔だけ見たときの私の中の評価は、和央ようかさんの方が断然高かった。
ところが。このあと、私を観劇に誘ってくれた友人が見せてくれた「エリザベート(2002年花組)」のビデオで、私は電撃的にすみれさんの魅力にヤラレてしまった。
圧倒的な歌唱力もさることながら、何と言ってもその表情❗️✨冷ややかで射すくめられるような威厳と、そして抗うことのできない色香。美しく恐ろしく妖しい黄泉の帝王に、私はすっかり魂を抜かれてしまった。
なんて表情をするんだろう。…この人は、どんな人なんだろう。俄然、興味がわいた。
ブロマイドに写真集に、手当たり次第にいろんなものを買って、読んで、眺めて…それでも止まらなかった。
なぜなら、やっぱりすみれさんは、見せる貌がいろいろありすぎて、角度や表情で別人のように見えたから。どれが本当の貌なんだろう。こんなに違う貌たちは、どこで繋がっているんだろう。
…気になって気になって仕方なかった。
そこから10年以上にも及ぶファン生活が始まったわけだけど、すみれさんの見せる貌はそれはそれはいっぱいあった。
中にはもちろん、決して好みではないスタイルもあった。顔のことだけじゃなくて、ファッションやお芝居の仕方や歌い方も。
でも、だからこそ、時折見せる奇蹟のような美しさ、その表現を、次は次はと追い求めてしまう。
好きじゃないなぁというものがあっても、魂ごと持っていかれるような、人智を超えた美しさやその存在感を知っているから…。
…なあんてことを思い出して、思う。
私、きっと印象の定まらない人がタイプなんだ。
多分、安定のクオリティを見たら、その安定っぷりに安心して、自分の中で「この人はこんな感じ」と片付けてしまう。
だけど、強烈に心惹かれた何かがひとつでもある人は、私の中で水準以下と思うものが他にあったとしても、むしろそのギャップが興味を駆り立てる。
コンスタントに100点の人より、20点や30点も取るけどたまに嘘のように200点くらい取っちゃうタイプに心惹かれるらしい。…あくまで私の中の好みという基準に照らしての話だけど。
ちょっとした新発見で面白かったな(^^)