☆LOVE&PEACE☆~日々の出来事~ -268ページ目

第2章 慟哭

「すみません、○○病院までお願いします。」運転手にそう告げ、駅から急いでタクシーで病院まで向かった。いつも救急車が止まっている救命センター入口から、小走りで病院の中に入った。待合室には見慣れた家族や親戚の顔があった。

「理緒ちゃん!」
叔母の洋子が私の元へ駆け寄った。

「おばあさんは?」
「今、検査中よ。CT撮ってる。」

「意識は戻った?」

「・・・」叔母が首を横に振る。その顔であまり様子が芳しくないことが伺えた。

救急車を呼んでくれた従兄弟が、詳しく祖母の様子を説明してくれた。血圧は200を超えていて、救急隊員の人に測定不能と言われたこと、何度呼びかけても祖母の反応がなかったこと、それを聞いてまた私は涙ぐむ。

祖母が倒れた日は、くしくも曽祖母の命日であった。その数日前に祖母とお墓参りに行ったばかりだった。「まだおばあさんを呼んじゃだめだよ。おばあさんは長生きするんだからね。お願いだからおばあさんを見守って。」天を仰ぎ先祖にそう願った時だった。

「あっ、おばあさんだ。」従兄弟が自動ドアの向こうの廊下を見ながら叫んだ。CTを撮り終えた祖母が、ストレッチャーで別の検査に向かう途中だった。

「おばあさん!」私は暗闇に消えるストレッチャー目掛けて、祖母の元へと走った。検査室の前に到着した祖母は、別のストレッチャーに移し換えられるところだった。そこには今まであんなに元気だった祖母とは思えない、別の祖母が目を閉じて微動だにせず横たわっていた。

「おばあさん、おばあさん!おばあさん!!」祖母は私の声に何も反応しない。静まり返った病院の中で、私は大声で泣き叫んだ。ただ私の慟哭だけが辺りに響き渡っていた。私はその場に崩れ落ちてしまった。2人の看護師が「大丈夫ですか?」と私の両脇に腕を差し込み、立ち上がらせようした。「本城さん、待合室に戻りましょう。」私は泣きじゃくりながら、こくりと頷いた。

待合室に戻りしばらくしても、私はなかなか冷静さを保てずにいた。10分ほど経っただろうか。
「本城綾子様のご家族の方いらっしゃいますか?」と看護師に呼ばれた。

「はい。」と父が返事をする。

「本城さんは検査が終わってあちらのベッドに戻られましたので、ご家族の方、どうぞ行ってあげて下さい。」私は看護師の手の向く方を振り返り、父と私で祖母のベッドへと向かった。

祖母に一歩一歩近づく。意識が戻っていますように…。祈りながら祖母に声をかけてみた。

「おばあさん」祖母は目を閉じたままだ。血圧が上がっているのか顔が紅潮している。

「おばあさん…」もう一回呼んでみても祖母の様子は変わらない。その時だった。祖母が一瞬、目を開けた。

「おばあさん!」私の声を最後まで聞く間もなく、瞬時に祖母は目を閉じた。しかし祖母は無意識か否か、左手で枕を直す仕種をしたり、しきりに布団からはだけた肌を隠そうと、布団を掛け直していた。その仕種はいつもの祖母の癖であった。目の前の光景を受け入れる余裕もないまま、テレビでしか見たことのない酸素マスクや心電図の機械や色々な医療器具が目に入る。それらが祖母の体に備えつけられている。この光景が、いつも見ているテレビの中のドラマであってほしい。でも目の前に起きていることはすべて現実であった。心電図のモニターを見ながら、祖母の心臓音が止まっていないことを確認し、私は大きく深呼吸をした。

その時、先程の看護師が私の近くに来て「本城さん、先生から検査の結果の説明がありますので、廊下に出てもうしばらくお待ち下さい。」と一礼をして行った。


第1章 電話

2008年2月15日1本の電話を受けた時から私の生活は一変した。

「本城さん、3番に支社の山本さんから電話だよ。」
「はい。」

佐藤さんから名前を呼ばれた時、私はパソコンのキーボードを叩く手を止め、夕方遅くに何の用だろう?と思いを馳せながら受話器を取った。

「お電話代わりました。本城です。」

「あ、本城さん?やっとつながった。今、叔母さんから電話があってさ、おばあさん具合が悪いんだって。」

「えっ?おばあさんって、どこのおばあさんですか・・・?」

「どこのって、本城さんのおばあさんだよ。君の携帯に電話するけど出ないからって、今、叔母さんから僕の携帯に電話があったんだ。早く帰った方がいいんじゃない?」

「分かりました。有難うございます。」

私が勤務している会社は17時以降留守番電話が入るため、外からの電話が繋がらなくなっている。既に17時半を過ぎていたために、叔母は会社に電話しても私と連絡が取れないと判断し、咄嗟に仕事上取引のある山本さんの携帯に連絡することを思いついたようだった。

祖母は今年の七夕で89歳になったが、今まで病気らしい病気もしたことがなければ、もちろん入院もしたことがない。病院が嫌いというのもあったが、健康で元気という字そのものの祖母だった。だから正直な話、祖母が具合が悪いと聞いても誰のことだかピンと来なかった。

私は更衣室に急いで行き、ロッカーの中に置いてある携帯を鞄から素早く取り出し、叔母の携帯に電話をした。

「もしもし。幸ちゃん?今、山本さんから電話もらった。おばあさんどうなの?」

「理緒ちゃんの携帯に電話してもなかなか出ないから。あのね、おばあさんお昼に食べたものをもどしてぐったりしてて…。いつもの時間になってもなかなか台所に入って来ないから、おかしいなと思ってお母さんが部屋に行ったらしいの。そしたら呼びかけても反応がなくて…。今、救急車を呼んで私も理緒ちゃんの家に向かってるとこだから。」

「救急車?それでおばあさんは本当に意識がないの?」

「とにかく今から行ってみるね。」

「分かった。私もこれから病院行く。」

心臓の鼓動が張り裂けそうなぐらい高鳴っていた。その日は私が幹事の飲み会を職場のメンバーでするはずだった。後輩に「ごめんね。」と言い、机の上のものを畳み込むように片付け、足早に会社を後にした。駅に向かう途中、母に電話をしてみた。落ち着いて…と自分に言い聞かせる。

「もしもし、私だけど。おばあさんどうなの?びっくりした。」声が震えているのが自分でも分かった。

「今、おばあさん救急車で病院に向かったよ。」

「おばあさん、意識はあるの?」

「何回も呼びかけたんだけど反応がなくてね。おばあさん、毎日16時に台所に入って来るでしょ?それが今日はなかなか入って来ないから、おかしいなと思って部屋に行ってみたの。そしたら横になったままお昼に食べたものをもどしてて…。もう4~5時間はたってると思う。救急隊員の人もおそらく脳の方だから、○○病院がいいんじゃないかって言われて、10分前に救急車で出発したわ。」

「脳?」その時、脳梗塞という言葉が私の脳裏をかすめた。何かの本で、脳梗塞は発症から数時間以内に処置をしないと、命にかかわると、不確かではあるがそういう記事を目にしたことがあった。みるみるうちに私の目に涙が浮かぶ。その朝出勤する時、祖母の新聞を読んでいる後ろ姿を窓越しに目にした。前日まで仕事が忙しく、朝出る時も夜帰ってからも、祖母に会えない日が何日も続いていた。その日の朝、久しぶりに祖母の後ろ姿を見て「おばあさん行って来るね。」と声を掛けようと時計を見た時、電車に乗り遅れそうなことに気づいた。明日土曜だからゆっくり話せばいいや。そう思いながら小走りで家を出たが、まさかこんなことになるなんて…。朝、祖母に声をかけておけばよかった。悔やんでも悔やみ切れなかった。

母との電話を終え、私は駅まで走った。改札口上の電光掲示板に目をやる。電車はあいにく3分前に出たばかりだった。次の電車まで20分ちょっと時間があった。私はすかさず駅員さんに声をかけた。
「すみません、次の普通電車と特急とどちらが早く○○に着きますか。」

「普通の方が早いですね。」

「そうですか。有難うございます。」

改札口を抜けホームに向かう。祖母が運ばれた病院は、私の勤務先から1時間ばかりあった。タクシーで行こうか迷ったあげく、ラッシュで渋滞していることを懸念し、結局電車で行くことにした。着くまでに何かあったらどうしよう…。祖母の容態が心配で仕方なかった。叔母の幸子に電話を入れたが、携帯が留守番電話に切り替わる。

「こちらは留守番電話サービスです。」機械的な無情のアナウンスに、微かな苛立ちを覚えた。時間が経つのがこんなに遅く感じたのは初めてだった。1分1秒が、まるで鉛の塊のようにずっしりと重みを感じる。

ようやく電車がホームに到着した。ラッシュアワーの通勤電車は、仕事帰りの人や学生でごった返していた。窓際に空いていた座席を見つけ腰かけた途端、いいようのない不安が涙に変わった。窓の外を眺めてみたが、辺り一面は既に薄暗くどんよりとして、日本海の冬と私の心をまるで比例するかのように象徴してい。

私の母は30年近くリウマチを患い、手足が不自由であった。手の握力もほとんどないため、お風呂に入る時も自分一人で服の脱ぎ着は出来なかった。長時間立っていると足が腫れて来るため、台所に立つこともままならなかった。祖母はそんな母の代わりとなって、毎日片道10分のスーパーに夕飯の材料を歩いて買いに行き、16時には台所に立つのが毎日の日課であった。家族のために祖母は毎日献立を考え、栄養のあるおいしいものを作ってくれていた。私は祖母の味つけで小さい頃から育って来たため、祖母の料理が大好きだった。
色々な思いが巡り巡り、いつしか私は電車の中で声を押し殺して泣き続けた。

「おばあさん、頑張って!」電車は定刻より5分遅れて○○駅に到着した。電車のドアが開いた途端、私は先頭を切って全速力で走って改札口へと向かった。



絆 序章

今日で大好きな祖母が倒れて、丸2年がたちました。

長かった2年…。

祖母がいない生活は私にとって、本当に考えもしないことでした。

誰よりも祖母が大好きだったから。

あの日のことを忘れたくなくて、

祖母のことを書いたノンフィクション。

今日も祖母の病院に会いに行きました。

途中ですが、読んでもらえたら嬉しいです。