前回のあらすじ
喫茶店で喫茶店でミニ会議を開いた後、協会の総務で届物を出し、近くの駐車場で車を駐車料金を払って取り出し、途中コンビニに寄って昼の買い物をして午後から出勤の会社に出勤した。バックを開けてスマホを取り出そうとして手を入れたが何時もの感触が無かった。直観で『何処かに忘れたか?』『どこかで落としたか?』と思い出してみたが記憶がなかった。「それよりも次にとるべき対策はなにか?」の判断したほうが次の行動が取れると思って会社で電話機のプッシュを押した。
財布は上着のポケットに入っていた。財布の中にあったレシートに記載されてあった電話番号に電話を入れた。立ち寄った順番に喫茶店。次に買い物に立ち寄ったスーパー。対応してくれた店員は座った座席とレジ周りを確認して、さらに店内での忘れ物の届の有る無しを数分後の連絡を入れてくれた。
残るところは協会だった。こちらの電話番号は携帯のアドレス帳に残っているだけで記憶すらしていなかった。とりあえず携帯の会社に電話を入れて携帯からでている電波の発信場所から近くを探しにいったほうが早いと思って電話をする。
案内の音声に従って『携帯紛失、盗難などトラブルのサポート係』に連絡する。ここにつながるまで音声ガイダンスにそって入力するのに少し手間取ってしまった。
最低記憶しておかねばならない事が解った。
住所、氏名、携帯番号。そしてこの会社が聞いてきたのは携帯を購入した時、入力した初期の暗唱番号だった。これらの関門を通過してやっとオペレータと対話できるようになった。
その日のうちに携帯は本田の手元に帰ってきた。
記憶の曖昧さと日常生活の行動範囲の広がりを改めて実感して『確認!確認!』をモットーに生活することにしたものだ。それと携帯に記憶させていて自分は全く覚えていない。最も頼りにすべき友人、身寄りの電話番号など・・・
携帯依存症候群の数々・・・
3月5日に何時ものファミリーレストランでいつものメンバーが集まった。本田勝一と、小学生の男の子の孫を持つ橘武、もう一人は大学受験生と高校受験生を持つ木村一二三。今日は平日でもあり家族との同伴はなかった。この日に本田と同じ1970年代に入教した渡辺一喜が同席した。
話題は4日に出た最高裁第1小法廷の判決だった。
・・・『世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が、解散命令請求に向けた文部科学省の質問に一部回答を拒んだとして、同省が行政罰の過料を科すよう求めた裁判で、最高裁第1小法廷(中村慎裁判長)は教団側の抗告を棄却する決定をした。3日付。田中富広会長に過料10万円の支払いを命じる決定が東京地裁と東京高裁で出ており、この裁判は終結した。宗教法人法は解散命令の要件の一つとして「法令に違反し、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」を挙げ、その疑いがあれば質問権を行使できると定めている。第1小法廷は、同法が定める法令違反には民法上の不法行為も含まれるとの初判断を示した。その上で、法令の解釈適用に誤りがあるなどとした教団側主張を退け、文科省の質問権行使を適法とした高裁決定は正当だと認めた』(時事ドットコム:時事通信社が運営するニュ-スサイトから)のニュース記事
まず口を開いたのは橘武だった。
「俺の認識不足もあるかもしれないが、そもそもこの問題に油を注いだのは昨年まで総理だった人物が一昨年の11月発言だ」と言った。これは2022年10月の事を言っていた。
これは”時事ドットコム”で詳しく報じられた。
・・・「オウム真理教や明覚寺の事例に比べ、旧統一教会への解散命令請求に政府の腰が重いのは、過去の2件が刑事処罰の対象となったことに対し、旧統一教会には刑事事件での有罪事例がないためだ。教団や幹部が刑事訴追されたことはない。この点を巡って、10月3日に召集された臨時国会で岸田首相の答弁も右往左往する。10月18日の衆院予算委員会。宗教法人法の第81条にある解散命令請求要件の「法令違反」について、岸田首相は刑法違反のみに限られると答弁。その上で、「民法の不法行為は入らない」と断言していた。
ところが、翌19日の参院予算委員会では、「行為の組織性や悪質性、継続性などが明らかとなり、法令に反して著しく公共の福祉を害すると認められる場合には、民法の不法行為も入り得る」と、一夜にして前言を撤回して個別事案、それぞれに応じて検討するべきであり、結果としてご指摘のように民法の不法行為も該当する、このように政府としては考え方、整理をさせていただきました」と説明したのだ。しかも、民法の不法行為には、指揮・監督する立場の人物の責任を問う「使用者責任」も対象に含まれるとの考えも合わせて示している。・・・」(22年11月時事ドットコム)
橘武は続けて「この総理のこの決定はこれからも問題となる要素を含んでいると思っているんだ。すべての民事裁判でも有罪判決があれば解散請求されるという決定事項になった。これは広くいえば日本に有る宗教法人179000法人(令和4年)全てのに拡大される懸念が出てきたわけで俺の実家の檀家のお寺だって『お寺の修繕費が必要だから寄付を』といった内容も訴えられれば解散請求されうる事態になるってことを意味していると思うんだ」
木村が「俺は詳しく判らないが解散請求権は政府が持っていうこと?政府のご機嫌伺いをしながら法人を運営しなければならないことになってしまうね」
本田は入教してから数回マスコミに取り上げられてきた歴史を知っていた。特に『共産主義を克服する』という旗を掲げたからその攻撃は激しくなっていった。
本田は渡辺一喜に「我々を執拗に攻撃してくるのはどうしなんだと思っている?」と言って橘と木村の顔をみた。
渡辺は二人と身近で話すの始めてだったこともあり、ゆっくした口調で言葉を選びながら言った。
「いろいろな根拠はあるだろうが彼らにとって一番の大きな確信は歴史上の位置づけだと思っている。共産主義思想の歴史観、唯物史観に根拠を置いて、宗教の成立と、果たして来た役割と寄与を攻撃しているんだ。政府与党に貢献してきた勢力の一つだとしてね。だから選挙運動手伝った事を別な理由付けをして攻撃してね」
木村一二三が「別な理由づけ?」これには本田が答えた「教会の勢力の拡大に利用したという見解なんだ。我々は信仰の自由を守り、共産主義の蔓延を防御するという設立の意味を捻じ曲げてね」
橘が「正直に言うと渡辺さんの言っていることの三分の一を理解することも難しいんです。唯物史観、共産主義思想と聞いても基礎知識がないのでね・・・」と言った。
本田は70年代の時勢と2025年の世相の激変を改めて自覚した。
70年代本田たちが学生だった頃の日常生活で共通用語で使用していた『マルクスもエンゲルスも弁証法的も観念的も、社会発展の合法則性、土台と上部構造も”もはや死語となってしまった』事を・・・
ただ、その現象のみが独り勝ちして社会に蔓延していると・・・・
本田は渡辺と我知らずお互いの顔を見つめあった。
渡辺は言った「ざっくばらんに言えば『宗教は人間の脳細胞、神経細胞が作りだした産物』にすぎないと…。これを理論づけるために出来上がったものが唯物論で歴史的にいろいろと変遷を今なを繰り返しているがね。もう一つは”土台と上部構造”という唯物史観にたった人間の社会の見解なんだね。これもざっくばらんにいえば土台とは経済的諸関係の事でこれも論を詰めてゆくと生産関係で昔の用語では労働者と雇用主いうならば資本家と規定する。上部構造とは土台の上に建てられた諸見解と諸機関とい事事でいろいろなものがはいるわけだね」
今度は橘武と木村一二三がお互いの顔を見つめあった。
その様子をみながら渡辺は「まぁ乱暴な言い方をすれば土台とは働かせられる側と働かす側。上部構造とはこの土台を維持し更に強固にしょうとする社会の様々な要素となるんだね。その中に宗教も入ってくるんだ。この理論の出発が唯物論から始まているので、宗教は時の土台を擁護し強硬のするために出てきたモノとみるわけだ。
極論すればこの宗教とか神とは人間の脳細胞が生み出した幻想に過ぎないとなるわけだ」
木村一二三が「判った強制改宗させる事も彼らにしてみれば”絶対善”になるわけだ。だから監禁して身体的拘束しても何ら悪いと思っていなくてむしろ将来的には良いことだと思っているわけだね。だから、今までも教会員が拉致に会ったり、後藤徹さん(全国拉致監禁・強制改宗被害者の会代表)が1995年から2008年まで12年間5ヶ月にわたって拉致監禁されキリスト教牧師から棄教を迫られ、40度の高熱が出ても病院に行くことも許されず食事も制限されるなどした(死闘 監禁4536日からの生還 創藝社)事件も起こったんだ!」興奮して言った。
橘は「われわれはこうした勢力の圧力にも屈しないためにも統一思想や勝共理論を学び直さなければならないと判ったね」と言った。
「それとね。こうした理論的に学ぶと同時に宗教の中心に位置する”祈り””祈祷”に目
覚め、その心を育ててゆかないと今の社会の風潮にとても太刀打ちできないことが理解するようになったね」
渡辺は冷静に冷徹に言い切った。
横で聞いていた本田も納顔をして頷いた。
本田は一昨年訪れた本殿聖地が懐かしく思い出されてきた。
*ちなみに題目の『右も左も真っ暗闇じゃござんせんか』は
鶴田浩二の歌”傷だらの人生”(作詞:藤田まさと作曲:吉田正)の冒頭の台詞
次回3月25日ころ
