小説 ♪絶唱♪ -30ページ目

小説 ♪絶唱♪

ドキメンタリ-風小説絶唱
epilogue《エピローグ》小説それから
第3部 こころ 75歳になった男が感じる天の役事
第2部 共鳴太鼓 未来を背負う若き世代の物語
第1部 やまぶきの花 戦後まもなく生まれた男が生きた昭和、平成、令和の物語。

  

前回のあらすじ

3月25日午後東京地裁が文部科学省の主張を認め世界平和統一家庭連合(旧統一教会)解散を命じる決定をしたというニュースの渦中、連休が始まる前の4月28日だった。橘武から電話が有った。「今回の連休中に島根県の津和野町に行ってみようと思っているんだ」「津和野!?」という電話があった。早いもので本田が乙女峠を訪れから3年が過ぎようとしていた。電話口の橘武の言葉を受けて近日中の自分もこの地をもう一度、訪問してみようという気持ちになった。数日前に読んだ後藤徹氏の12年5ヶ月に渡る拉致監禁、餓死寸前での脱出、生還のドキメント作品『死闘』さらに、親族やキリスト教関係者、脱会請負人らによる拉致監禁に有った夫婦の話・・・長崎から流刑され島根県津和野町の乙女峠で拷問に有って殉教していった方々が重なって蘇ってきた。あの地で殉教した人たちが呼んでいるような気持になった。

 

 連休が終わった翌日、高校時代の同級生からメールが入ってきた「ゴールデンウイークも今日でおわりですんね。ゴールデンウイークを楽しむ年ではありませんがいつもはパートの仕事に出て時間に追われる生活から解放されるだけでも楽しい時間でした。田舎でひたすら草取りでしたが爽やかな季節です・・」

 とあった。翌々考えてみれば5月の連休といえば農家では田植えの準備に雑草狩りと多忙な日々が続き、一年で秋のコメの刈り入れ時期と同じ過酷な毎日だった。

 本田は同級生の言葉に今の季節を思い出し、いつの間にか都会生活に埋没している自分に気が付いた。

 金、土曜日とパート休みに中国山地を越えて日本海にある妻の実家の周辺の草刈、草抜きに出かけてみることにした。

  距離にして150キロ。途中高速道路に乗り、後はひたすら国道だが山道を黙々と走る。

 改めて地図を見ながら本田は考えた。

妻に「明日、草刈に家に行ってみることにしたよ」突然の申し出に妻は怪訝そうな声で言った「急にどうしたの?」

「いや、この時期毎年行っているじゃない。今年は何かと多忙で行く機会がなかなか見つからないだ」

「私はパートで出かけられないわ。独りで大丈夫」と言ってきた。

 

 翌朝、エンジンを始動させた。突然閃きに似た気持ちが起こった。「折角、中国山地を抜けるなら“乙女峠”に罪人として連行されて行った人たちが辿った道を追慕しながら走ってみよう・・・という思いが。

 

 廿日市は古くは厳島神社の領でもあり江戸時代には西国街道の廿日市宿が置かれて栄えたらしい。ここから北に向かって津和野にいたる津和野街道が有ったというのも頷ける。 

 廿日市の西を北に向かって走る県道30の登り坂を上がる。所々にいにしえの地名が散見された。峠を越えると幾分平坦な道路が続きちょっとした街区がある町を二つ、三つ抜けると津田地域だった。

 かつて、島根・津和野から参勤交代で江戸にあがるために使われていたという、廿日市に抜ける山の街道・津和野街道。廿日市・津田を通っていたこの街道の、中間の宿駅として知られていたのが、津田十王堂です。(一般社団法人はつかいち観光協会)

 

 津田地域を抜けると山口県岩国から北に走る国道186号のT字路に出会う。

近くに看板が有った。

 

 

距離は約7キロ、佐伯エリア栗栖から山に入り、悪谷、 中道を横切って生山峠に至るこの街道は、津和野藩が参勤交代のため江戸に出仕する際、廿日市の海側を通る西国街道へと至る脇道として利用されていました。また、当時から特産であった津和野の和紙を運んだり、宮島・厳島神社などへの参拝へ向かうものが通ったりと、江戸時代の山陰と山陽をつなぐ、大切な街道だったのです(一般社団法人はつかいち観光協会)

   この廿日市市津田から津和野に抜ける道は確かめる事はできなかった。本田は186号国道を北西に登って中国高速道路吉和インターから下り車線に入り次の六日市インタ-で降りた。そして国道187号を益田に向かって走り途中、柿木村から唐人峠を抜け津和野に向かい、国道9号線と合流する場所の先に大きな赤い鳥居が目にはいった。 到着した。津和野だった。

 安永2年(1773年)に津和野藩主7代亀井矩貞が建立した太皷谷稲成神社を抜けJr津和野線路を右手にして狭い道路を行くと乙女峠の駐車場に行く。

 

 この津和野街道を罪人の烙印を押され、背教のために故郷長崎から異国の地、津和野に護送され、言葉も違う地で背教を強要され拷問され、獄中死した人々の心を思った。いや、魂を思った。

 一つ確かな事はその魂は、怨みに心は無かったと感じた。小さな子供と言えども・・・。

 本田は思った。信仰者が国家から異端に烙印を押された姿を。異端の烙印を押された人たちの生き様を。年月が経ち、人々が新しい教え、世界に目覚め時、罪人の烙印、蛇蝎の如く毛嫌いされたきた存在が一変する事実を。

 少しでも歴史を紐解く事を知っている人たちにはやがて理解できてくるだろう。

 

次回更新5/17ころ