これまでのあらすじ
今年早々逝去した妻の実家に挨拶に訪れた橘竜二は義兄夫婦とその子供たちに予想以上に歓迎された。世帯を持って50年間この地を訪れたのは結婚した年と後は数度で途中海外に出かけた事も有って不義理な義兄弟だった。義理の兄山下豊治から亡き妻の話を聞き、妻が長い時間をかけながらコツコツと兄に思いをかけて兄妹愛を育んできていたのを知った。
妻が傍らにいるような感覚で合掌して頭を垂れている時、スマホの着信音が鳴った。竜二は自分のスマホ?とポケットに手を入れたが違った。
義兄山下豊治が画面をタップして会話し始め数歩後に下がっていった。松林のアチラコチラからセミの鳴き声が合唱を始めた。横の笹の葉に夜露が溜って出来た水晶のような玉が日光で輝いている。
電話を終わった豊治が「とよ子が大学時代に教会を紹介した谷口君が『ぜひ、ぜひ会いたい』と言って今、駅近くまで来てるという電話だったんだ」
「谷口君?知っているよ。東京にいる頃、私が働いている会社で出会って出身大学を聞いたらとよ子さんと同じ大学だったので、改めて『教会を教えてくれた人は?』と聞いたらとよ子さんだったという奇跡の出会いがあったんだ。しばらくして私たちは人事移動で東京を離れましたし、谷口君もある事件が有って東京を離れて田舎に引っ越したというのは年賀状で知りました。そのうち年賀状の遣り取りもなくなってしまって・・。彼の故郷はこの近くなんですね」
「近くと言っても県境の江の川を越えた島根県ですけどね」
「谷口君・・懐かしいね・・」
豊治は竜二に断りもなく竜二の訪問を相手に知らせてしまった事に少しだが気がとがめていた。
豊治と竜二が連れ立って家の裏山のジグザグ道を降りて行くと家屋の庭に白い軽トラックが止まって此方を見上げているサングラスの男が見えた。
「真っ黒だね。農家の叔父さんにすっかり変身したって感じだね」
豊治は竜二が自分に対して発した言葉と谷口義美に挨拶した言葉の余りの違いに少し驚いた。半面、竜二の気さくな一面を知って嬉しかった。
「昔より随分と細っくなったね。代わりに精悍になって身体から出てくる見えない圧力を感じるね」「何言っている。貴方だって昔と比べたら随分細くなったね。代わりに優雅さが加わったね」「それは仕事を息子に譲ったのと孫相手の生活環境にいるからね」
豊治は二人の会話を聞きながら20歳過ぎの青春期に寝起きを共にした義兄弟の繋がりを思って羨ましかった。
「ところで谷口君は東京にいた時、突然田舎に引っ越したの?」竜二が尋ねた。
「いや事件1カ月後業務再開が有っから更に引継ぎをして帰郷したんだ。この事を今まで誰かに喋った事は無かったね。長い間、あの事件を思い出すとその当時の記憶が蘇って自分が分解されそうなったからね。そんな状態から抜け出るのに10年間以上かかったね。
最近教会の兄弟が両親を道具にされて拉致監禁された事件が明るみ出てきているが卑劣な事件だよ。『最も信頼していた存在に裏切られた』というは心を破壊するね。“精神”じゃなくて"心”をね・・・私も同じように“精神”じゃなくて"心”を傷つけられたね。同時に宗教は精神じゃなくて心に作用してくるものだとハッキリ判ったね。今はその状態から抜け出たがね。
生まれてからずっと右周りで回転していた脳細胞が、ある一瞬の事件のショックで、突然高速で逆回転を始め、脳細胞の繊維がネジ切られてしまった状態。その細切れの断片は飛散して回りの頭蓋骨に張り付いた‥と表現したほうが当たっているかな。そして、頭蓋骨の内側に張り付いた千切れた脳細は今度は自分かってに蠢きはじめる・・。自分は狂う、発狂するなって感じたね」
谷口義美の顔面が緊張してピクピクしていた。
想いの底から我を取り戻すように義美は首を左右に振り言った。
「まぁ、昔話ですよ。夢の中のお話ですね。ところで竜二さんの仕事はうまく回転していますか?今の仕事に携わってもう50年以上でしょう?商売として50年も続いているとなると立派なものですよ。私は今も雇われの身で、片手間に田圃の仕事もやっていますがね。この日焼けでわかるでしょう」と言って明るく笑った。
「昨年、私も退職して今年はとよ子とアチラコチラ旅行をして・・と思っている矢先だったものでね。急に倒れたものでね」竜二は勤めて明るい話題をと思ったが浮かばなかった。昨年誕生日にとよ子と交わした会話を口にした。
「そうだろうな・・これまで昔の仲間は皆いろいろ有ってそれなりに苦労しているだろうなぁ。50年も経つもの」
・・・・・
二人は谷口義美が乗った軽トラが坂道を下って農道を走り国道に合流するまでに庭先で見送った。
山下豊治が縁側に座りながら「義美さんが経験した『最も信頼していた存在に裏切られた』っていうのはどういう事?」と聞いてきた。
あの事件後、様々な噂が流れてきたが橘竜二も谷口義美が口にした事件の細部は知らなかった。
「私も後で知ったことですが・・。成長途上の企業や実力のある創業者の後を引き続いた経営陣内で『将来展望や経営方針の対立でおこった内紛』といったものだったと聞いています。
企業ですから外部の会社関係、そして利害関係、外部の人間の思惑、期待などなど。更に新聞、出版、映像、演劇などになると、主義主張思想的関係などの複雑な要因が絡まりあっていますので。その上に、この事件は会社自体の所有権を左右する法的問題に発展する内容であったと後で聞きました。
今回の参議院選挙後の自民党のような状態ですね。もう一つの大きな要素としてこの企業体で働いている人たちの9割以上が同じ信仰の人たちでしたので影響は大きかったですね。個々人の心情の深いところまで影響があったようです。谷口君も現場でモロに受けてしまって、そのショックが引き金になって帰郷したと聞きましたが・・・」
山下豊治は「義美さんが言った『自分の脳細胞が右周りで回転していてある一瞬、突然逆回転を始め、脳細胞が逆にネジ切られて断片に飛散して頭蓋骨に張り付いた‥と表現したほうが当たっているかな。
千切れた脳細胞は頭蓋骨の内側に張り付いてその部分だけの脳細胞が蠢いている・・。自分は狂うな発狂するて感じたね』と表現するしかなかったのでしょうね。その時の彼の顔面にその時の苦痛が出ていて、それ以上、彼に直接聞く事ができませんでした。
日本から海外に宣教に行った人たちの苦労も大変だったと思いますが、日本国内に残って今日まで信仰を守ってきた人たちの苦労も大変だったのが判りました。谷口君からその片鱗でも知る事できて私としては感謝です。生きるって大変な事ですね」と言って山下豊治は口を閉じた。
六歳年上の豊治の言葉に橘竜二は
「そうですね。生きるって大変なことですね」という返答する以外になかった。
山下豊治は昭和18年3月24日(1943年)生まれだった。「父はシベリア抑留から帰ってきた時は5歳だった。祖父が私の父親でした」と墓地で語った言葉が光った。
次回に続く