小説「・・だ。けれども」⑥キリスト教信者のお盆お墓参り | 小説 ♪絶唱♪

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ドキメンタリ-風小説絶唱
epilogue《エピローグ》小説それから
第3部 こころ 75歳になった男が感じる天の役事
第2部 共鳴太鼓 未来を背負う若き世代の物語
第1部 やまぶきの花 戦後まもなく生まれた男が生きた昭和、平成、令和の物語。

  

これまでのあらすじ

橘竜二は50年ぶりに広島駅に降り立った。駅前の大きな通りの先に有った飲食店街には高いビルが有った。壁面に広島市中央図書館の看板、駅舎2階には路面電車の発着ホームが出来上がって線路には実物の路面電車が止まっている「オープン8月3日」の文字。路面電車に乗り広島バスセンターで県北庄原バスセンタ―へ向かった。今年早々天国に旅立った妻とよ子の実家へ報告と感謝を込めての旅だった。今でもJR線の芸備線、木次線を乗り継い妻の実家の近くの駅舎まで行くことができたが・・・運行する列車には乗れなかった。やっとの思いで着いた実家には兄夫婦とその長女家族が温かく迎えてくれた。

 

 家族揃っての歓迎夕食の後、就寝の二階に案内された。ドアノブを回すと床は畳だったが造りは洋風だった。テレビの横に造り置きの本棚があった。棚には竜二も見覚えのある筑摩書房の日本文学全集が並んで、その横に額縁に入ったモノクロの家族写真があった。写真を見ながら豊治が言った。

 「竹下家の三代前は地域の神社の宮司を務める家系で祖父は次男だったこともあり分家して農業をしながら神社の仕事も兼ねていました。父は東京の神道系の大学に進み卒業後、帰郷して広島県の東の福山市の私立の女学校で戦争前から定年まで国語の先生でした。途中で応召で戦争にも行ったと聞いています。真ん中で椅子に座っているのが祖父です。その前にいるのが妹のとよ子。後の左から父親、母親、その横が私です。とよ子が保育園で私が小学校3年頃の写真だと思います

 竜二がカーテンの隙間から外をみると遠くのトンネルの入り口の道路の街路灯の光がみえた。

 「明日も晴天が続くでしょから朝の内にとよ子の父母と先祖のお墓詣りにいきましょう。竜二さんが始めてこられた時にはまだ父親は健在でしたよね」

 義父母は長女が生まれた時から群馬に引っ越すまで数度、当時住まいだった川崎まで訪問してくれた。豊治の話を聞いて初めて義父が昔東京の大学に通っていて東京近郊はよく知っていた地だったと判った。

 

 予想どうり翌日は抜けるような青空だった。集落の高台に集合墓地があった。その脇を抜けた処に大小の墓石が並んでした。

 豊治が「ここは本家の墓所なんです。私の家も元をたどれば同じ血縁なものですから一角に寄せ墓を建てさせてもらっています。本家は血縁はずっと続いているかわかりませが代からいうと14,5代くらいになると祖父から聞いたことがあります。時代でいえば江戸時代まえでしょう。でも昨今の時勢では家とか血縁とか、どんな価値が有るのか判らない時代になりました」豊治は線香に火を移しながら言った。

 「本家が神道の家だったから妹さんがキリスト教の信仰に関心を持ち始めた時には随分心配し反対されたでしょう?」竜二が聞いた。
「妹と4歳離れていました。大学は違いましたが私が卒業した年に妹が入学しました。私が入学したころから全国の大学で左翼運動が激しくなってきました。私の学校でも貴方たちのグループが学内で活動している姿を見かけました。私は卒業して北九州の私立の高校教師になりましたから両親ととよ子の間でどんなやり取りが有ったかは知りませんでしたし、教えてくれませんでした。あの子が入教したのは『親泣かせ原理運動』と新聞や週刊誌に掲載されて注目を集めた1967年を越えたころでした。当時は学内でも影の薄いグループでした。親が直接教会に出向いて反対するくらいでした。私の父親も何回か、とよ子が入った学生教会のアパートに訪問に行ったと母が後日話してくれました。家が神主の家でしたから宗教、信仰の事も普通の人よりはよく理解していたと思います」

 豊治は両親のお墓に線香を供えながら言った。

「当時は教会から連れ戻すにも親を手段の道具に使って拉致監禁して改宗、廃教させるグル-プ、組織など無い時代でした。父は当時の教会長に会って納得したようでした。その人は東京の国立大学を卒業されてまだ30歳くらいの人でした。今は息子さんが責任のある立場で歩んでおられると聞いています。

 今回明らかにされている拉致監禁廃教、改宗教の事件は許されない事件ですね。人の根幹でもある親子の繋がりを"破壊、親子の情の存在を否定”し、廃教させるという“脱会屋”と言われる存在が現存してた事実が現代日本で初めて明らかになったと思っています。聞くところによると4300人もの教会員だったと。

 日本人が大切にしてきた親子の絆まで壊してきているのを感じます。

 私も妹と同じ教育学部でしたが、同じ大学でも文系理系医学部を問わず共産主義思想に感化された学生は多くいました。唯物論、共産主義を極論すれば"愛”や"友情”"宗教”など脳細胞が作り出した現象で、それによってこれまでの社会構造や歴史や文化が綴られたきたとまで言っていました。新しい世の中を造りだすにはこうした過去の歴史を糾弾し文化を批判し社会構造を変革しなければならないという過激な思想を信奉する集団もいました。

 今回の拉致監禁廃教事件の手口はかって私たちが学生だったころ革命を声え高に唱えた過激な思想を信奉する学生たちが同じ集団でリンチ事件を起こした手口と類似する事が多くあるように思います。隔離し集団で自己批判を要求し対立セクト(派)の主張を歪曲して吹き込む・・・。昔どこかの山の別荘やキャンプ地で起こった凄惨な事件を呼び起こされる思いでした。

 そしてもう一つはネットで知らない若者を集め役割分担と行動を細かくマニアル化して商店や家に押し入って強奪した事件とよく似たのを感じました。

 これって目的を叶える動機から方法、結果を得るまでの工程を細分化して役割分担されている現代社会の企業や物造りのノウハウの方法でしょうけれどね」

 

 義父母のお墓から立ち上る線香の煙の前で、今はこの世にいない妻と一緒にいる気持ちで合掌して頭を垂れた。横に妻がいるような感覚が有った。

 

 次回に続く