小説 共鳴太鼓 打ち鳴らす和太鼓が震え、稲妻が走り、雷鳴がとどろく!(16) | 小説 豊饒の大地 第3部 こころ 

小説 豊饒の大地 第3部 こころ 

第3部 こころ 75歳になった男が孫娘との関わりで発見する天の役事
第2部 共鳴太鼓 未来を背負う若き世代の物語
第1部 やまぶきの花 戦後まもなく生まれた男が生きた昭和、平成、令和の物語。

  

これまでのあらすじ

創立110周年記念の文化祭で和太鼓クラブが挑戦する演目『イエス・キリスト』。暗闇に雷鳴がとどろき、稲妻が走り、天が裂けたような雨が落ちてくる。和太鼓を打ち鳴らし、全身を使っての激しい表現。磯部匡の挑戦が続く。

 

 磯部匡は中間テスト勉強に使っていた2階の部屋に上がって天井の蛍光灯を点けた。窓の外から水をはって早苗が植えられた田圃から伸びやかなカエルの声が聞こえてきた。

 ㇰガァ ㇰガァ ㇰガァ ガァ ㇰガァ ㇰガァ ㇰガァ ガァ ㇰガァ ㇰガァ ㇰガァ ガァ ㇰガァ ㇰガァ ㇰガァ ガァ ㇰガァ

 カエルの鳴き声はケロケロケロと表現されるがそうとは決まっていないと判った。

 太鼓の前の椅子に座ってカエルの声に合わせて太鼓を打ってみたくなった 。

 カエルの声は生きている音だった。匡は夕闇に一心に鳴いているカエルの声に感動した。生きている生物の生の声がこんなにも心に響いてくるものとは今まっで知らなかった。

 この鳴き声を太鼓で表現するとしたらどう打つか?バチを左右の手に持って打ち降ろす。音の大きさは?リズムは?速さは?色々とリズムを変化させながら打ち降ろす。

 匡の耳は窓から聞こえてくるカエルの複数の中から1匹の声を聞き出そうと耳に集中した。確かに同じクガァクガァと聞こえてくる鳴き声も近くの声と遠くから聞こえてくる鳴き声は微妙な違いがあった。

 何度も何度も打ち降ろすバチの速度と大きさはを変化させてみた。その音に自分自身がどう反応しているか?

 これも興味深かった。

人間が考えだしたリズムではない自然のリズムを打って果たして他人の心の響くだろうか?

 

 真夜中だった。ガラス窓が明るくなった。時計を見ると午前1時だった。遠くからゴロゴロという雷の音が聞こえてくる。

  稲光と雷鳴は時間と共に明るく大きくなっていった。

 突然、窓ガラスから白い光線が部屋の中に差し込んできた。同時にバリバリと天が切り裂かれて落ちてくるような音が部屋に押し寄せてきた。家が揺れるような感覚になった。屋根の瓦に突き刺さるような雨音が続いく。

 

 匡は怖くなって部屋の蛍光灯のスイッチをいれた。急に明るくなって光が目に痛かった。階下から祖父の声がしたが、外の雨の音が激しく聞き取れなかった。

 雷も続いていた。雷が鳴るたびに蛍光灯の光が一瞬弱くなり、すぐ回復する。

 

 稲妻の光が窓を照らすと同時に屋根で強いドンという音がし、蛍光灯が消え真っ暗闇になった。

 

 暗闇のなかでジッとしている忍耐に恐怖が襲ってくるようだった。

 雷鳴と雨。階段の途中から祖父の声が聞こえた。

 「電気が消えたけど下に降りてくるか?心配ないとは思うけど・・」

 「大丈夫だよ」声が震えているのが自分でも判った。

 

 

 しばらくするとバリバリと鳴っていた雷の連続音の間隔が拡がって遠ざかていった。それに伴って雨の音も小さくなっていった。

 そのうち雨が降らなくなったのか窓を打つ音も消え、遠くの方で聞こえていた雷鳴の消えてしまった。

 冴え切って強張った頭の細胞も身体の温かさで少しづつ解きほぐされて緩んできたのか匡は何時の間にか寝入ってしまった。

 

 目覚めた。いつもの起床時間より少し早い6時半だった。

 部屋の南側の窓を開けると朝日を受けて家に横に植えてある立樹の葉がキラキラと光っていた。

 軒先に巣づりをしていた2羽の燕は電線にとまって仲良くお喋り中だった。

 生ものの自然だった。

 

 朝食の時、祖父が言った「お祖父ちゃんが中学校2年生のころだったかなぁ。午後だったね。昨夜と同じように稲妻が連続して光り、雷鳴が鳴り響き雨がそれこそバッケツを引っくり返したように天から落ちて、停電にはなってしまうしね。そんな状態が一時間近く続いたね。家の前の小川の水も瞬くまに溢れて田圃にドウドウと流れ込んだんだ。夏休みに近くの土木工事会社にアルバイトに出ていたんだ。災害後1週間だったか同じ町内の山を越えた所にある集落に災害復旧のトラックに乗って出かけたんだ。

 凄かったね。山に囲まれた盆地にある町だった。盆地の真ん中を川が流れているんだ。その川の両側は豪雨で削り取られ、平行していた道まで無くなったいたんだ。山肌は中腹から裾野にかけて土石流が発生して削り取られているんだ。それが一ヶ所だけではなく数か所だったんだ。その時知ったね。自然の恐怖というか恐ろしさをね。いまでも鮮明に覚えているくらいだから相当なショックだったんだね。

 でもその時もう一つ印象に残っているのはね。濁流に削り取られた川の土手の下を流れている水の綺麗な事、透明でサラサラと流れる水、そして水に濡れた石の表面。緑や黒い泥などが付着してなく生の岩石の原色。石の原石ってこんなに綺麗なんだと思ったね」

 

 匡はバチを握って太鼓を打った

 太鼓の革を打ち、革を張った周りのフチを叩く

雷鳴の音、稲妻の光、

空から落ちてくる滝のような水、窓ガラスに飛び散る水滴

 

 バチの連続速度をもっとはやく、さらに速く

太鼓のフチとバチと悲鳴のような打撃音。稲妻の音が連打の中に加わる

 

 昨夜の体験を太鼓で表現しよう。その時の自分が体感した音、振動、恐怖、孤独を!

この終る事のない孤独、恐怖のなかにとじこめられた自分を!・・・・

 

 すべてが終わった後の静けさ。いつものように太陽光線が木々の葉に反射して輝く。

雨が空気中の砂埃や塵をすべて洗い流す。光さえ生きていると実感させる朝。2羽の燕のいつまでも続くお喋り。

 

 ゆっくり伸びやかに打ち下ろすバチ

 振動する太鼓面

 さえずる2羽の燕に見立ててたフチ打ちの音

 

 和太鼓の音が無限に拡がり、聞く人の心に共鳴を呼び起こす。

 

 続 <毎週土曜日掲載予定>