これまでのあらすじ

創立110周年記念の文化祭で和太鼓クラブが挑戦する演目『イエス・キリスト』

天地創造から始まった歴史に神の苦痛と涙を知ったイエス・キリストの姿が和太鼓の響きで蘇る。

 

 部室は部員の練習に使っているため、プロジェクトチームのメンバーの会議は美術部の部屋を使って開催されることになっていた。 

 会議場所になっている美術部の部屋に光永誠が入ってゆくとすでに副部長の横山優斗がノートを広げて待っていた。

 光永が椅子に腰かけるのをみて副部長の横山優斗が先週の練習日に言ったことを繰り返してきた「文化祭の演目『イエス・キリスト』の内容だけどね。最初の”天地創造”の演奏を元に”イエスの誕生から”の場面、そして最後の”復活”の場面を同じパターンで組み立てたほうが演者の私たちの負担も少なくまた観客側からすると理解しやすいという結論からなんだ・・光永どう思う?」

「具体的には?」

「最初のプロローグの天地創造の場面、人が成長してゆく途中で蛇に誘惑されて堕落したというの場面とそれ以降の歴史だけどね。『大太鼓を最初は神が所持し、大太鼓を神にみたてて創造場面を表現する。そしてアダムとエバを象徴する中太鼓2面をこれに絡ませる。人の堕落の要因である蛇が大太鼓を奪い、やがて所持するようになる。このやり取りを大太鼓の演者2人で表現する。第一の山場である楽園からの追放。そしてカインによるアベルの殺害とその後の歴史は蛇の大太鼓に連動するように二つの中太鼓が打ち続く。それ以降は蛇の衣装をした者が大太鼓を打ち、これに連動するように中太鼓の人数が増える。

 大太鼓のもう一方の神の衣装をつけた演者は蛇の演者の間隙をついて別なリズムとテンポで打つ、一つの中太鼓が弱い音で鳴り、少しづつ数がふえてゆく(鬩ぎ合いの緊張感をだすこと)。歴史の流れを表現するため音の大、小、テンポの速さを変化させてゆく。蛇の一団と神の一団は衣装にも変化をつける・・・・』というような構成でどうかなぁ」

 

  黙って聞いていいた光永誠は「良いね。これってお前ひとりのアイディア?」

 

 横山優斗は「つぎの第2部のイエス誕生は創造場面と同じように神の象徴である大太鼓から始まる。これに呼応する2つの中太鼓。一つは洗礼ヨハネ、もう一つはイエス。それ以降は神の衣装を着けた演者と蛇の衣装をした者の2人が一つの大太鼓を打ちあう。神の演者の大太鼓に連動するように中太鼓のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネと人数が増えてゆく。途中から蛇の衣装をつけた演者が神の演者と違うリズムとテンポで大太鼓打つ。洗礼ヨハネを表示する中太鼓が蛇の演者のリズムに呼応してゆき、ユダ、祭司長、ピラト、バラバと中太鼓の人数が増えてゆく。2つの中太鼓グループが競い合う。この鬩ぎ合いが大きな山場にむかう(鬩ぎ合いの緊張感をだすこと、時の流れを表現するため音の大、小、テンポの速さを変化させてゆく)・・・・というような内容。

 その後、イエスのグループから一人、二人と去りヨハネのグループに加わり、最後はイエス一人と大太鼓の神との二人の連打。蛇と呼応する大勢の中太鼓の音の響きが襲う。やがてイエスを表す中太鼓の絶叫の連打も大勢の中太鼓のグループの音に消されてしまう。最高潮に達した時、舞台の後ろの背景が縦に裂ける。そして静寂。

 エンデンクは大太鼓のゆっくりした音で始まる。呼応するように中太鼓の音が弱から強に、ゆっくりなリズムから連打にこれに一人、二人と増える。大太鼓と全中太鼓の連打、最後は大太鼓の演者が1人と中太鼓全員の全員による連打で幕が降りる・・・という構成まで辿り着いたよ。あとは今日のプロジェクトチームのメンバーにお願いすることにした。これ以上は僕の頭の中には有りませんのでよろしくお願いします」と言って光永誠に頭を下げた。

 「俺に頭を下げるより、皆に頭を下げてくれよ」

 「お前を代表だと思って頭を下げるのだよ」

 「頭を下げられた後が怖い・・」

 横山優斗の顔面に”大きな山を越えて遠くがやっと見通せるようになった”といった安堵感と曇りが晴れたような明るさが戻ってきたのを見て取った。

 

 プロジェクトチームの会議が始まった。

 上村佑子が「副部長が全体の構成をかなり詰めてきました。これを中心に各自が知恵とアイデアを出し合ってさらによい設計図の細部まで詰めていきたいと思います」と発言した。

 すぐに挙手した3年生の道上守が「私はクリスチャンではないのでよく判りませんが全知全能なる神が創造した万物の蛇が何故悪に変化したか?全知全能な神がそれを知っていたのか?知っていたなら何故防げなかったのか?という事です。これとイエスキリストの生涯を和太鼓で表現するという事とは全く別なことですけどね・・・」と言った。

 誰も答える者はいなかった。

 横山優斗が「これは聖書を研究している人々のなかでも今もって議論の対象になっているようです。私たちも長い歴史を持っているキリスト教の歴史と向かい合うまでに成長してきたと考え、プラス思考で取り組みましょう」と結んでそれ以上の話にはならなかった。

 

 上村佑子に促されて横山優斗が光永誠に前もって打診した内容をメンバーに披露した。

 白石ほずえが「第1部の天地創造と第2部のイエスキリストの太鼓、演武構成のパターンをほぼ一緒にしたことで何となく太鼓のリズムが浮かんでくるようでまとまりのある構成だと思います。私はこのままで良いと感じました」と言った言葉に頷く部員が多くいた。

 3年生の中島光義が「やっと和太鼓の音のイメージが浮かんでくるようになったね。最初は和太鼓『天孫降臨』を越える演目『イエス・キリスト』と聞いていったいどう表現するのか少し不安もあったけど、これなら太鼓の音で表現してもきっと聞いている人に伝わると判ったよ」と言って横山優斗の努力を称えた。

 

 

 上村佑子が「大太鼓の演者と蛇の役になる大太鼓のもう一人の担当者を決めたいと思っています。神の担当者の大太鼓の演者は3年生の光永誠さん。もう一方の蛇の担当者は2年生の小川清君。そして最初の人のアダムに3年生の南渕忠雄さん、エバに2年生北川美咲さんに決定したいと思いますがいかがでしょうか。

 そして第2部にも主役級のポイントなる役も有ります。副部長が一応のリズムと太鼓打ちのメンバーの場面構成を創ってくれました。イエスキリストと洗礼ヨハネ、ユダ、祭司長、ピラト、バラバのグループのせめぎ合いの乱打合戦です。来週までにそれぞれの演者氏名を決めてゆこうと思います。3年生にとっては記念になる作品、2年生にとっては来年はさらに飛躍するための作品、1年生は最初の基準となるステージですので自分がぜひこの役をしてみたい、○○さんをこの役に適していると思っている人を指名してください」

 部員たちの会話を聞きながら佑子は打ち鳴らす太鼓の音が耳に心地よく響いてくるようでうれしくなった。「きっと成功するだろう」という期待に心が高揚してきた。

 

  続  <毎週土曜日掲載予定>