キリスト教が世界宗教化へ進んだ大転換者(大功労者)は
聖パウロその人である事は歴史が証明する事実ですが・・・
その背景は、
3弟子、12弟子、12弟子、元パリサイ派の門徒、ユダヤ人、ローマ帝国との
すさまじい生死を賭けた山のような確執が有った事は、
彼の残した使徒行伝に残されて居ります。
以下参照にて・・・
☆使徒行伝詳細・・ 内部との確執・ユダヤ・ローマとの確執・・・
☆イスラエル会議・・・無割礼者(異邦人伝道へ)への救いの是非。
☆パウロローマに立つ・・・使徒・神様から見捨てられた2年間・・・
聖パウロの最後の旅路。殉教への最後の数年間・・・
二年に及ぶカイザリヤの獄中では、
パウロはエルサレム教会に捨てられ、
弟子たちのある者は離れ去り、
ユダヤ人の脅威が続いて死を覚悟したこともあった。
なによりもつらかったのは、この間、神が沈黙されたことであった。
しかし、獄から解かれるや、再び自信と生気に満ち、たちまち使徒パウロに戻った。
確かにパウロは後年、ローマで皇帝の前に立つことになるが、
それはローマの禁教を犯したキリスト教のリーダーとしてであった。
時の皇帝ネロはローマ大火災の放火犯としてキリスト教徒を大量に処刑したが、
壊滅したはずの組織は瞬く間に復活した。
パウロは、ネロの裁可により、斬首刑に殉じた。
打ち落とされた彼の首の頭上には、栄光の冠が載せられていたのである。
パウロの最後の数年間は、
教会からも
神様からも
世界(ローマ帝国)からも
棄てられ、無視された数年間だった。
しかし、一貫した、貫徹した信仰を貫いた彼は
その後の世界を!
再臨時代を迎える為の基盤を作った。
大功労者ですね。
何故に!? 神様が沈黙されるのか??
自立性!主管性!
自分で勝利し完遂したんだ!という
所有観念を下さる為!だったようです。
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