ちと、振り返って、
2011年の震災一ヶ月程前に「爆笑問題のニッポンの教養」の再放送を見てひどく感動した。
以前、伊集院光さんが、過去の爆問(以後、この番組を省略して呼ぶ。)の
放送ファイルの中で衝撃を受けたトップに「東大教授・福島智さん」を揚げ、
爆笑問題の太田氏もそれに大いに同感されてたが、
みなさまもご覧なさったと思いますが、このブログで記録したく存じます。
以下にて・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
福島 智(ふくしま さとし、1962年12月25日 - )さん
(兵庫県神戸市出身のバリアフリー研究者。東京大学教授(学術博士、東京大学)。
専門は、バリアフリー教育、障害学、障害者福祉、アクセシビリティ。
全盲ろう(見えない・聞こえない)という凄いハンデを越え、母親と共に指点字という独自のコミュニケーションツールを開発し、実際の会話とほとんど替わらない速度で会話する事だけでも驚きでした。
更に、それ以上に、人間存在の意義を凄い肯定的にむき合って行くその姿勢も衝撃でした。
五体満足な者たちが年間3万人(国内で10年連続で)
人生に絶望して自ら命を絶っているのに・・・
福島氏から、「前向きな人生の意義。」という姿勢を聞くとは・・・(@_@;)/
更に、こんな、驚くべき番組を日本のNHKは放送している事も凄いと思った。
以下引用にて・・・
福島:
私は、何が幸福か不幸かっていうのは、
もちろん人によっていろいろあるだろうけれども、
すごいしんどい経験をした時にね、
つらさ、苦悩というのも何か意味があるんじゃないかな
と思うことにしようと。
実は同じようなことを言っている人はたくさんいることが
分かって。
ナチスドイツの収容所に入れられた経験のある人で、
ヴィクトール・フランクルという人がいるんですが。
彼の本を読んでいて、すごい公式に出会ったんです。
その公式は、
絶望=苦悩-意味って言うんですね。
左辺に絶望があって、絶望=苦悩-意味。
これは何を意味するかというと、
“-意味”を移行したら、
絶望+意味=苦悩ということです。
意味がない苦悩が絶望である。
で、苦悩と絶望は違うんだっていうことを、
彼はアウシュビッツの経験から言っていて、
私は同じことを18歳の時に考えて、
全然違う時代と状況で似たようなことを考えている人がいるっていうことに出会って、
すごく感動しましたし。
何が幸福か不幸かっていうのを考える、
そのさっきの三つのフィールドの議論の中で、
すごく重要な意味を持つのかなと。
苦悩があるから、しんどいから不幸だって簡単に
考えるのではなくて、
意味をそこに見いださせれば、
それは絶望ではない。
新しい豊かな人生が見つかるかも分からないっていうふうに思っています。
だけどそのことと、具体的にどんな取り組みをするか、
社会としてどんな取り組みをするかっていう話と、
分けながら議論をして、
その関係を考えていくっていうことが大事かなと。
以上:NHKの番組ダイジェストから引用
言葉を代えれば意味を見出すのが人生である。という事でしょうか。
『朝に道を聞かば,夕べに死すとも可なり!』孔子の教えの道と同じ事ですね。
神と出会い、憩う生活。神様と同衾生活! 人生の意味が其処に有ると!!!
しかし、結論の一つとして、ここまで福島氏を支え育てた、母親の凄さ!
日本の母もまだまだ凄いなと思いました。

参考:福島智/バリアフリープロジェクト
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