ドスドスと重い足音を鳴らして女が近付いてくる。
 女の様子に気付いた他の人間も、何事だろうかとティセットたちのほうを振り返る。
 誰の目も余興を楽しむ色をしていて、助けてくれそうにない。

 女は、酔っ払いたちの隙間をあっと言う間にすり抜けて、ティセットたちの目の前に立った。
 背丈はルフェランほどあろうか。
 女に見下ろされたティセットはヨウスを背中に庇った。

 意地の悪い笑みを浮かべた女が、腸詰め肉のような五指をわざとらしく蠢かせて見せる。
 その手が伸びた。
「ほら、ナンか被ってないで顔見せてごらんよ!」

「あーっ、ちょっ……!」
 ティセットが女から遠ざけるより早く、女の手がヨウスの帽子にかかった。

 ……ように見えた。

「…………」
「…………あ?」
 女の手は空振っていた。
 壁を背にしたヨウスが横に避けたのだ。

 それに気付いた女が舌なめずりをする。
「ナマイキなことしてくれるじゃないかい」
 今度はティセットの右に太い手が繰り出された。
 ヨウスはそれも躱す。

 ティセットは目を白黒させた。
 二人の間に挟まれた上、太い手が右に左にと繰り出され、たまったものではない。
 混乱して横に逃げようとしたところ、肩を掴まれた。
「え?」
 女の顔がニヤリと歪む。

 次の瞬間、ティセットは息を詰めた。
「っ……!」

 後ろにいてわからなかったのだろう。
 硬直したティセットの異変に気付いて、ヨウスが動きを止めた。
「……ティス?」
 空かさず、女の手が伸びる。

「あ」
 思ったときには遅かった。

 太い手はヨウスの頭から帽子を奪った。
「どんなもんだい!」
 ヨウスからはぎ取った帽子を振りかざし、女が高々と歓喜の声を上げる。
 やんややんやと拍手が沸き起こった。

 一方、ティセットはそれどころではなかった。
「ティス?
 大丈夫……じゃないよな」
 ヨウスがティセットの腰を叩きながら言うのに、頷くしかなかった。

 大丈夫なわけがなかった。
 逞しい腕から生えた太い指に大切な部品を鷲掴みにされたのだ。
 無事なわけがない。



「あーらー、あんたティスのコレかい?
 ティスみたいなボンクラはやめときな」
「はぁあ? 男!?」
「あんたちゃんと付いてんのかい?」
「もったいないねぇ。
 女だったら優しいダンナ紹介したのにぃ」

 股間を押さえて苦悶するティセットをよそに、例の如くの会話が繰り広げられていた。
 その間もヨウスの手は腰を叩いてくれたが、余計に目立って恥ずかしかった。


   *   *


 店の二階が店主の住いになっている。
 大通り側の窓から屋根に移動し、まだ冷たい風に赤らんだ頬を当てる。

 ティセットが落ち着いた頃に、ルフェランたちも到着した。
「またサラさんに絡まれたんだって?」
「元気付けにって、オヤジさんから」

 ルフェランとトルクの手には、まだ湯気を立てる串焼きがにぎられていた。
 今日は出先で、春を撮ってきました。

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 小さい頃、サルスベリと思って蜜を吸おうとした花です。

 甘い匂いがしただけでした(笑




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 オオイヌノフグリ。

 スゴい名前(笑




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 タンポポの仲間かな?

 一際キレイな黄色です。





 春ですね~φ(_ _)。o○グゥ
 ティセットは不機嫌な顔で先頭を歩く。
 原因のヨウスにはその理由はわからないだろう。

 これはティセットが勝手に怒っているだけで、ヨウスには何の非もない。
 わかっている。
 が、それでも怒らずにはいられなかった。



 生暖かな風が甘い香りを運ぶ。

 クワイトル司祭の家を出て、城の北側の外堀に沿って進む。
 西区にあるルフェランの父親の店で帽子を買った。
 クワイトル司祭の気遣いに戸惑うヨウスに帽子を被せ、ついでにと三人も被った。
 出世払いだな、と父親に釘を刺されたルフェランを笑い、大通りを目指す。

 西区は住宅地まで花で埋め尽くされていた。
 通りに面した窓辺から鮮やかな刺繍布が垂らされ。
 家の足下にずらりと並んだ花壇。


 家の前で恋人を待つ少女たちの頬も赤く。
 急ぎ足で行き交う青年たちの、興奮した笑顔。

 子どもにを急かされて下衣を引っ張られる母親。
 兄弟だろうか、手を繋いで駆けて行く子どもたち。

 誰の顔にも朝日のようなキラキラした瞳が輝いていた。



 大通りは更なる装飾と人で溢れているのだろう。
 西区に慣れたルフェランが抜け道を探してくれるが、どこに行っても人だらけ。
 長身のトルクも、道の石畳が見えないと嘆いている。

「間に合うかなー」
「場所は取ってあるんだから、着きさえすれば、何とかなる、よ」
 いつの間にか怒りも忘れて進んでいた。
 そうでもしなければ、人波に飲み込まれそうだ。

 クスクス、と笑い声が通り過ぎた。
 自分たちのことだと、ティセットはすぐにわかった。
 迷子対策とはいえ、四人で手を繋いでいると目立つようだ。

「ラン。場所わかるだろ?」
「ニッチの親父さんところだろ?」
「二手に分かれよう。
 トルクと行ってくれ」
「わかった」

 やはり二人のほうが進みやすい。
 ルフェランたちと分かれて二十分ほどで、とある食堂に着いた。
「ここ、俺の仕事先」

 ヨウスを引きずるようにして店にはいる。
 店内では、すでに出来上がった男たちと女傑たちが椅子を取り合っていた。
 そのうちの一人がティセットを見つけた。

「ナニやってんだい、ティス!」
 見つからないうちに二階に上ろうとしたが、失敗した。
「トロっトロしてないで酒杯持って来な!
 今日はあたしがおごっ……て……………………。
 誰連れてんだい、ティス?」

 ティセットはゆっくりと振り返った。
「が、学舎の後輩だよ」
「だぁったら紹介しなよ。
 コソコソするこたぁないだろ」